――今日は彼と花火デート。最近は、夏じゃなくて秋にやる時期外れの花火も定着してきて、今日はそんな秋の夜の絶好の花火日和。天気が良くてほっとしてる。変わったことと言えば、花火も進化していて、ハートや十字架なんていろんな形もあれば、時差式発光球なんてものすごい技術もある。
「ちょっと、ここなんですがね」
「ええ? 出だしから?」
「『時差式発光球』なんて、普通女の子が知ってるものですかね?」
「私、知ってるよ。女の子だけど」
「先輩は特殊事例なので、この際除外で」
「ひっどいなあ」
文芸部の部誌に寄せる短編。秋の花火って着眼がいいんじゃないかなぁと思って花火について色々調べた。時差式発光球は、火薬の燃焼時間を少しづつ変えることで発生する「ズレ」を応用して、動いているように目を錯覚させる花火だ。火薬の配合と管理が難しいことをやってのける職人技術に感動して、ぜひこの小説に登場させたいと思ったんだよね。
「名称ではなくて、どんな見た目かを花火が実際に上がる様子で表現したらいいと思います」
「文字で調べただけだから、どんなのかわかんないのよね」
「時差式発光球の見た目ですか。そうですね、『イルミネーションのような花火』でいいんじゃないですか。実際、工夫次第で色をさまざまな方向に動かせるので、点滅したり色が流れるような動きを出したりするイルミネーションに似ていると言われてますし」
校正を依頼した菅原くんは、好きな本が辞書ってくらい言葉に詳しい。こだわりが強いのは玉に瑕だけど、彼なら私の小説をずっとよくしてくれるんじゃないかって期待をしている。私は彼の言うことももっともだと思い、時差式発光球を赤線で消す。
「いいね! せっかくだから、ちょっと不思議な花火に感動した彼女に、物知りの彼氏が時差式発光球の解説をするって流れにしよっと」
「時差式発光球はどうしても出したいんですね……」
あれ? 菅原くん、ちょっとあきれてる?
「それから、これ。ハートの花火はともかく、十字架は見たことないです。嘘をつくと神様に叱られますよ」
にやっとわらう様子は案外可愛い。へぇ、冗談も言えるんだね。
「あー、小説だから、嘘があってもいいと思ったんだけどなぁ」
「時差式発光球の説明を詳しくしたいなら、なるべくリアルな描写にした方がよいのでは」
「ごもっとも」
私は十字架って文字も赤線で消す。このままじゃ、原稿が真っ赤になっちゃうなぁ。
――彼と一緒に駅前で評判の大判焼きを買って、二人で食べ歩きしながら会場へ向かう。
「ああ、ここは」
「またすぐチェックが入った!」
私の小説ってそんなにダメかな。菅原くんを見ると、難しそうな顔をしている。
「難しいですね」
表情の通りの返答。
「そんなに?」
「はい。僕の住んでた地域では、『大判焼き』ではなく『今川焼』と言っていました」
「へえ」
「ちなみに先輩も、引っ越し組ですよね? ここらへんの地域では『回転焼き』が主流です」
「ええ?」
確かに、菅原くんも私も、この地域に昔からいる家の子ではない。菅原くんとそんな話したっけかな? 彼は確か部活の自己紹介のときにそんなことを言ってた記憶があるんだけど。
「この花火大会が開催される地域は、どこを想定しているんですか」
「……それは、考えてなかった」
「この地域の人が読む部誌ですから、『回転焼き』と書いた方が無難かと」
「そっか」
私はまたも原稿に赤を入れる。
「でも、面白いね! 地域によってそんなにも呼び方が違うんだ」
「大まかに分けると、北海道・東北・中部や四国あたりは『大判焼き』、関東は『今川焼』、関西・九州では『回転焼き』、広島では『二重焼き』というそうです。もっと詳細に分けることもできるくらいです」
「すごい! そんなにも違うんだ。そうだ、物知りの彼氏に大判焼きの解説もさせようっと!」
「道中の雑談にはいいかもしれませんね」
「ふふっ」
私はなんだか楽しくなってきた。花火の解説には難色を示したのに、大判焼きの解説はいいんだ。菅原くんって面白いな。でも、だんだんこの小説の彼氏が彼に似てきそうで、なんだかくすぐったい気分になってきた。
「なんで笑ってるんですか」
「だって、この小説の彼氏が、菅原くんになりそうで」
おかしくって、満面の笑みで彼を見たら、菅原くんが真っ赤になった。
[お題]「大判焼き」「時差式発光球」「十字架」