儀式

manatsu
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 ジャングルの秘境には、多種多様な人種が集まっていた。アメリカから来たというカップル、ドイツの芸術家、フランスからはデザイナー、それからお国を聞き忘れたけど、ちょっとラテンの香りがする陽気な旅人。僕は日本からの唯一の参加者だ。

 ここにいる人間の共通項はただ一つ。このジャングルの奥地にある『踊り場』って名前の場所での儀式の参加者。儀式は現地のシャーマンが執り行い、参加者たちは、この地にしか生息しないという木の樹液を飲んで、トランス状態で霊的な体験をする。

 なぜこんな土着の儀式に参加できるのかというと、ツアーが組まれているから。数年前、あるYouTuberがこの地を訪れて、儀式の様子を世界に発信した。それが話題になり、金の匂いを嗅ぎつけた旅行会社が、現地の人間と手を組んで、この体験を売り出したってわけ。

 とは言え儀式自体は本物で、体験者によれば、人生が変わるほどの衝撃を受けたとか、長年患っていたうつ病が治ったとか、突然自分の使命に目覚めたとか、興味深い話が後を絶たない。

 僕もその体験談に惹かれて参加したひとりだ。大学卒業後、何をしたらいいか分からず、就職にも失敗した僕は、ここに自分探しの旅にやってきた。

 僕は途方もなくわくわくしていた。突然自分の使命に目覚めるかもしれないから。ここに来た人たちはみんな、人生がガラッと変わったらしい。僕はどんな風に変われるだろう。自分に無限の可能性を感じる。

 カタコトの英語で周囲の参加者たちと儀式前の興奮を分かち合いながら、僕はほとんど壁のない現地の民家で、土と緑の匂いとハンモックに包まれて眠りについた。

 

 早朝。興奮のせいかきちんと予定時刻に目覚めた僕は、ドイツ人の芸術家とならんで、近くの川で顔を洗った。川はあまり流れが早くないせいか、どんよりと濁って見えた。昼間の雑多な空気とは異なり、朝は澄んだ匂いがした。遠くで鳥の声がする。僕らはのんびりと空を見上げながら雑談した。空も、日本の空よりずっと広い。

 芸術家は、作品のインスピレーションのために儀式に参加するという。僕はどうかと聞かれて、少し返答に迷った。就職に失敗して自分探しに来たなんて、彼の理由に比べたら随分と見劣りするように思えたからだ。

「そうだな。本当のじぶんってなんだろうって思って」

 僕がそんな風に言うと、彼は神妙な顔をして「自分が何者かわからないものは、たくさんいるが、誰もそのことに注意を払わない。君はそれを自覚しているんだな」と、詩的なことを言った。

 儀式は夜、流れ星が見られる日を選んで行われるらしい。どうしてこんなジャングルの奥地で、そんなことがわかるのだろうと思ったが、古代から伝わる天文の知識を使っているとかで、それもまた神秘的で良かった。日にちがわかっていれば、ツアーも組みやすいだろうしね。

 儀式の参加者は早朝から身を清め、清められた体で昼寝をし、夜に備える。この昼寝の間に不思議な夢を見たと、アメリカから来た女性が興奮気味に話すのを聞いた。彼氏や他の人も参加して、みんなが不思議な夢を見たと言い始めた。夢を見なかったのは、僕だけみたいだ。

 儀式は「ハデガミ」と呼ばれるシャーマンが歌と踊りで神を降ろすことによって、参加者たちに奇跡を見せるらしい。「派手髪」と脳内で漢字に変換してしまった僕は、思わず苦笑した。派手髪の髪かぁ。なんてくだらなことを考えていたのは、今思えば罰当たりな行為だったかもしれない。

 喉につっかえるような、オエッて感じの樹液を、ココナッツの殻で作った器で飲み干して、いざ儀式へ。口の中が気持ち悪い。粘り気と苦味をなんとか追いやろうと唾を出しながら、僕はフラフラと火の回りに集まる参加者たちと合流した。みんなすごく神妙な顔をしていた。それぞれ宗教があって、神を信じている人ばかりだった。八百万の神がいるんだかいないんだかって、都合のいい時だけ神を利用する国から来たのは、僕だけだ。

「ワヤテカ、ワーヤテカ」

 不思議な言葉でシャーマンは歌い、火の周りをぐるぐると踊り狂った。ほぼ裸に腰巻きだけの衣装だが、頭飾りは派手で、色んな種類の鳥の羽と、バナナの葉みたいな大きな葉っぱがいくつも刺してある。派手だ。派手髪だ。

 暗がりの中には太鼓の叩き手たちがいる。僕らからはほとんど姿は見えない状態で、トコトコと太鼓を叩く音だけが響く。シャーマンの歌とシンクロして神秘的だった。

 キャンプファイヤーみたいに燃やされた焚き火は大きく燃えさかり、僕らは赤く照らされる。 参加者たちは徐々に揺れ始め、ブツブツと何かを呟く者、突然泣きだす者、目を閉じたまま微動だにしなくなる者、様々だ。

 僕はと言えば、……何も起こらなかった。

 ずっと口の中が気持ち悪い。いい加減、普通の水を飲ませて欲しい。脳内を占めるのはそんな考えばかり。

 さらに数分経って、芸術家が地面に絵を描き出し、デザイナーが自分の着ている服を裂き出した頃には、僕の焦りはピークに達した。

 まずい、まずい。何かトランスしてるっぽく振る舞わなきゃ。なんとなく、この場でひとり冷静なのは、恥ずかしい気がした。僕は胡座をかいたままグルグルと揺れてみることにした。なんかお経っぽいことでも唱えてみるか。

「ナーンマイダーナンマイダー」

 トランス風の動きをしたからといって、僕がトランス状態に陥るかと言えば、そうもならず、次第に焚き火の影響とは異なる汗をかいてきた。冷や汗だ。まずいぞ。みんなが神と交わる中、僕だけがカヤの外だった。ここに来るまでに30万円も払ったっていうのに。ただひとり、メインイベントに参加し損ねるなんて。

 これでは、何も得られないまま帰ることになる。僕は天を仰ぐ。澄んだ空には奇跡のような流れ星。やけくその僕は、咄嗟に流れ星に願った。

「就職できますように就職できますように就職できますように!」

 結局奇跡は起きなかった。儀式の帰りのバンの中では、ひたすらみじめな気持ちを味わった。ただひとり、神と交わることのできなかった者。そうして僕は、悟ったのだった。自分探しの旅なんてするもんじゃない。自分なんて、探す必要なんてないのだ。だって、探さなくともここにいるじゃないか。

 帰国した僕は高望みの就職先を選ぶのを辞め、身の丈にあった求人に応募した。ありがたいことに、ブラックすぎずホワイトすぎない、ごく普通の中小企業に内定が決まった。そういえば自分が何者かになれるかもしれないなんて考えて、大手企業ばかりに応募していたな。

 ある意味、僕は儀式のおかげで変われたのかもしれない。何も起きないことこそが、僕に必要だったわけだ。

 皮肉にも、流れ星に願ったことは叶った。そう考えるにつけ、僕は勉強代として高くついた30万円に、つい思いをはせてしまう。

 流れ星なら、日本でも見られたのにな。

 

[お題]流れ星、派手髪、踊り場(ランダム三単語で一文)

@manatsu
文章の練習をしています