異世界転移って、中世ヨーロッパっぽい世界にするものだと思っていた。
僕が転移したのは、人工芝が広々と敷かれた宇宙のどこかの人工楽園。人口の半分が人間で、半分が半魚人という不思議な世界だ。なんでも、最初は半魚人だけの世界だったのが、やたらと異世界から人間が転移してくるせいで、いつのまにか今の人口比率になったらしい。
この世界はたいていのものが人工でできていて、海も当然人工海だ。
「いつ見てもここの人工海はきれいだなぁ。無人島のまわりの、汚れてない海って感じ」
「浄化機能付きだからねぇ。せっかく作った人工海に、わざわざゴミを放るひともいないし」
僕は友達のヨランと海を眺めている。大昔は自然の海があったらしいけれど、それがなくなって、だから人工で海を作った。半魚人たちのためかと思いきや、単に海が見たいからって作られたらしい。彼らのエラの機能は退化していて見掛け倒しなので、海に入っても人間と同じくらいしか潜っていられない。それなのに、海が見たいんだって。なんだかロマンチックだ。見た目はアニメなんかで見るようなザ・半魚人って感じなのに、彼らの生活はまるきり人間なのだ。
友達のヨランは半魚人だ。僕も初めに来た頃は、いちいち半魚人に驚いていたけれど、あまりにも普通の人間と同じ言動をする彼らに今は慣れてしまった。ヨランは小柄な半魚人で、体は青色と緑色のグラデーション。半魚人はみな容姿が同じ分、うろこの色や体のサイズに個性が出る。僕はヨランのグラデーションがカッコいいと思っていて、ヨランはぼくのぺちゃんとした鼻ともじゃもじゃの黒髪がいいねって言う。
人工楽園でやることといったら、人工芝の上で人工の太陽に照らされながらピクニックをするか、人工海で海水浴をするくらいしかない。ちなみに冬になると人工雪が降る。冬はスキーやスノーボード、ソリなんかで遊べるから、最高だ。
今日は絶好の――といってもいつも晴天なのだが――ピクニック日和だ。
「今日も平和だね」
「困っちゃうくらいに平和だねぇ」
人工システムで僕らの環境は完備されているので、人は争う必要がない。だからとても平和だ。ただ一つの「争い」を除いては。
「蜻蛉がでた」「急げ、やつらに先をこされるな」「しっ、他の奴らに聞かれたらまずい」
ひそひそ声がしたと思ったら、僕らの横を、三人の男たちが駆けていく。
彼らの後から、また二人。
「蜻蛉の情報が出た」「あっちらしい」
手にタモをもった男たちが、同じ方向へ向かっていく。
「あ~、こりゃ騒ぎになるな」
「困っちゃうねぇ」
興味のない僕らはのんびりと彼らを見送った。
彼らは「自然ハンター」たちだ。その名のとおり、自然のものを採取する人たち。人と言っても、中には半魚人のハンターもいる。
異世界から人間が転移してくるようになって、その人間たちがさまざまなものを持ち込んだ。例えば足の裏にひっついていた花の種とか、服のすそにまぎれてた虫の卵とか。生命力の強いものはこの人工環境でも奇跡を起こし、この世界の人間たちが見られなくなった「自然」が、突然変異的に現れることになった。
人も半魚人も熱狂した。はるか昔に失われた自然、もう長い事触れていなかった自然が目の前にある。どうしても手に入れたいと思う者が出てくるのは当然の流れだ。それは、単なるコレクターから研究者まで様々だ。
自ら「自然」を採取するものもあれば、人に依頼するもの、自分は欲しくはないが欲しいものに譲るにあたって利益を得たいもの、様々な思惑が錯綜し、「自然」採取は苛烈を極めた。そんなわけで、何かしらの「自然」が発生すると、大騒ぎなのだ。
少し離れた場所から、人々の争う声がする。ここでは人間と半魚人が仲良く暮らしていると同時に、自然ハンターとなった彼らは、人間も半魚人も関係なく敵同士なのだ。
「巻き込まれないうちに、離れようか」
「そうだね。また誰か死ぬかもしれないしねぇ」
人工の世界では命は少しばかり軽くなった。誰かが死んでもみんなあまり気にしない。死んだ人間は、還る場所がないので、「リサイクル」されるからだ。人格は変わるかもしれないが、姿は同じ。だからなんとなく寂しくない。
不思議なことに、転移してきた僕たちの身体もリサイクル可能になるのだが、転移者にくっついてやってきた「自然」は、コピーもリサイクルもできなかった。人工の世界で生まれるのは一度きり。はかなく散ってしまう。
だからこそ、この世界の住人は人の命より「自然」に重きを置く。「自然」の争奪戦で誰かが死んでも気にしない。その在り方が正しいのかどうか、この世界になじんでしまった僕には、もうわからない。
まぁ、あまり「自然」に興味のない僕らは、移動した先でまたピクニックを再開して、「平和だねぇ」なんていつものをやるだけなんだけど。
[お題] 半魚人、人工芝、蜻蛉(ランダム三単語で一文)