猫から手紙が届いた。
『こんど、わがやにしょうたいします とら』
トラは半年前からうちに居ついた野良猫だった。ある日ふらりときてしばらく我が家に滞在し、またふらりとどこかへ行ってしまった。死んでしまったのかと心配していたが、どうやらどこかで元気に生きているらしい。よかった。
トラは大人しい野良猫で、僕が宿題をする隣でじっとしていることが多く、僕はきまって、書き取りの宿題はトラと一緒にやった。
だから、トラがひらがなを書けても不思議じゃないと思ったのだ。
そういうわけで僕は、トラのご招待を受けて、トラの家に行くつもりでいた。地図や日時などは書いていないから、トラが以前のようにふらりとやってきて、うちまで案内してくれるのだろうと思って、じっと待つことにした。
日曜の昼下がり、僕がのんきに家の縁側で昼寝していると、とんとんと足を叩く柔らかいものがある。ふと目を開けると、そこには茶色のトラ猫が首をかしげて座っていた。手紙から三日後のことである。事前にお伺いを立てて、頃合いを見計らって誘いに来るとは、なんと律儀な猫なんだろう。
「トラ?」
「なぁん」
ちょうどいいタイミングで鳴いた猫は、きっとトラに違いない。前より毛並みはぼさぼさになっているけれど、元気そうだ。ちょっと痩せたかな。トラはトトッと縁側から庭へ向かうと、僕を振り返った。
「ああ、ちょっと待っててね、すぐ行くよ」
僕はいったん部屋へもどると、トラの家に行くときにお土産に持っていこうとしていた煮干しをつめた袋を探した。トラの好物だ。
「なぁん」
トラがまた一声鳴いたので、僕は急いで庭用のつっかけを履いて追いかけた。トラは裏山へ入っていく。
僕の家の裏には、木がうっそうと茂った裏山がある。たぶんじいちゃんの持ち物だと思うのだが、手入れをするものがなく、草花の無法地帯だ。当然、人間が通るような道もない中、僕は必死で草をかき分けて進む。
進んだ先には、小さなあばら家がぽつんとあった。
あばら家はもともと農作業の為の倉庫か何かだったらしい。クワやスコップや僕にはわからない道具が置かれたそこに、トラは藁をあつめて敷いて暮らしているようだ。
「お水しかありませんが、どうぞ」
「おかまいなく。そうだ、これお土産だよ。トラの好きな煮干し」
「これはこれは、お気遣いをありがとうございます。ありがたく頂戴いいたします」
トラは大人みたいにちゃんとした挨拶をすると、煮干しを嬉しそうに受け取った。ふと僕の前に置かれた水を見てみると、見覚えのある欠けた茶碗。トラのごはん用に使っていたものだった。
「いつの間にか無くなったと思ってたけれど、おまえが持っていたんだなぁ」
「盗みをするようで申し訳ないかったのですが、私が拝借しました。ええ、その節はどうも」
「いいんだよ。おまえのために用意した茶碗なんだから」
僕が笑うと、トラは目を細めてゴロゴロと鳴いた。
「それよりも、元気そうでよかったよ。心配してたんだ」
「ありがとうございます。のっぴきならない事情がありまして」
「ええ? 何かあったのかい?」
驚く僕に、トラはちょっと深刻な顔をした。ひげがピーンと張って、なんだかきりりとした表情だ。
「こうすけさんに、折り入ってご相談がありまして」
「僕に? 子供の僕にできることってあるかなぁ」
「私にはニンゲンの知り合いがこうすけさんしかおりません。なんたってあなたは、言葉を教えてくれた師匠ですから」
「師匠だなんて、照れるなあ」
トラは勝手に僕の宿題を覗いていただけで、僕はと言えば、冗談半分に解説をして楽しんでいた。
「こうすけさんのおかげで、私はニンゲンの言葉を理解し、それで、賢く生き延びることができました。ニンゲンの飼い猫になると、猫が長生きすることも知りました。そこで、どうか私の子供たちを、ニンゲンの家にやりたいのです。子供たちには、離れていても健康で長生きしてほしいものですから」
「子供?」
僕がきょとんとしていると、トラがにゃーんと、一声鳴いた。ぞろぞろと物陰から出てくる子猫たち。ぴゃーぴゃーと必死に鳴いては、トラのおなかのあたりに群がろうとする。あれ? トラって。僕はそこで気がついた。
「トラ! 君って、雌だったんだ」
そんなわけで、僕は猫から頼まれて、猫の里親探しをしてるってわけ。
[お題] 手紙、猫、茶碗