今回はオカルト的な事。「オカルト」と書くと一気にうさん臭さが増すイメージがあるけれども、本来この言葉は「隠されたもの」を意味し、目に見えないものや神秘的なものを指す言葉でしかないので、偏見はいけない。いけないんだけれども、知識体系がありながらも定義が曖昧になってしまうところがあるのでこれは仕方がない。見えないんだもの。
しかし、小学生あたりの読み物から既に怪奇話の本などがあるように、実は皆なんとなく触れていたりする。私も中学生あたりで実業之日本社から出ていた某占い雑誌で学生にはちょっとお高いけれどお年玉で買えそうな値段のペンダントや謎の文字羅列のグッズを買ったものだ。
ペンダントはラピスラズリだったのだが、届いてつけ始めた頃に一度灰色にくすんでしまって驚いたことがあった。何か薬品が付いたとか水濡れという感じでもなく、均一に色が変化していた。それから数日後、また元の鮮やかな色に戻っていた。あれは不思議だった。温度で色が変わる食玩おもちゃならともかく、これはカチカチの鉱石なのだから。いつの間にか無くしてしまったのが残念。
他にも健康お札の作り方を見ながら深夜のリビングで書道に励んでいたような記憶もうっすらあるのだが、中二病のピーク時は本当に自分でも何をやっていたのか全然覚えていない。
大人になると、姓名判断だとかタロットカード、街角の手相占いなどに落ち着く人が大半かと思われるが、一部ではさらに色々なものにハマりだす人たちがいる。社会の荒波に適応するためのメンタル維持に必要なら、他人に強制しなければとくにかまわないと思う。
かくいう私もそういった現象など読み物をチラチラ読むのは好きだ。その上で共通する現象をもとにこの世の謎を推理するのも面白い。よく見れば科学的なエネルギー現象の一端なのかもしれないのに、このままエンタメネタや陰謀だ~と消費されるだけでは何も学べないのではないかとも思う。まだまだ途中なのにね。
別に壮大な話ではないのだ。腰が痛すぎて、某ハンドメイドフリマで買った「めっちゃ健康になれるグッズ」的なものでさすりながらこれを書いている。このコイル形状をしているものが最近気になる。フィボナッチ数列の植物を見ていてもそうだし、人体を描いていてもDNAレベルまでいかなくとも、やはりそういう流れで構成されていると感じる。なんか少年漫画でも強い技は回転してることが多いしね…!
今はなんでもいいから効いてくれ!(;´Д`)