うさちゃんのお誕生日会

marinrin
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大広間に信者全員が集まっていた。今日のパーティーの主役、“白乃うさぎ”こと“三橋冬子”はその小さなからだを飛び跳ねるようにさせて壇上へ上がる。

「本日はわたくし、白乃うさぎの生誕祭をこうして執り行っていただきありがとうございます!今後も、家族の皆々様には永遠の栄光を!人智を超えた、とーってもすてきなチカラを!ここにいる限り、必ずお約束致しますわ…この不束者の二代目を、どうぞよろしく。」

時に恭しく、時に少女らしくくるりと回ったり大きな身振り手振りで、信者へ挨拶をすれば喝采が広間に響く。皆へ手を振るうさぎが気にする視線の先には、車椅子に座り拍手を送る父の姿がある。この場の統治者である教祖様だ。

「おめでとう、うさぎちゃん…さあ。お誕生日ケーキよ。」

「うん!ありがとうママ。」

黒いマーメイドドレスを着たどこか妖艶な女性、彼女はうさぎの母親。大きなテーブルに乗る大きなバースデーケーキの元へ、うさぎを連れて行く。このケーキには特別な趣向が凝らしてある。中にはひとつの人形が入っており、ケーキを全員分に切り分け、人形を引き当てた者が、“名誉ある”次の贄という、そういった習わしだ。そう、つまりこれはガレット・デ・ロワの模した何か。

各々に行き渡り、うさぎがいただきますと言ったのを合図に皆が食べ始め…クリームを頬に付けながら、ケーキを頬張るうさぎが顔を顰める。がり、と何か噛んだ。何か、とは、たった今この場で考えるならば、それはもちろん。

「…お人形だわ。」

「……誰だッ!!私の娘に、人形を押し付けた輩はッ!!オマエか!冬子の!命は!オマエなんかより1000倍重いのよッ!!」

それはまるで空気をびりびりと震わせるかのような咆哮。ヒステリックに激昂した母親によって壁に叩き付けられた陶器製の人形はパリンと音を立てて割れた。このケーキを切り分けた者に詰め寄っていく彼女の変貌と共に場は騒然とし、折角のお誕生日会、こんなことになってしまえばうさぎは何か、俯いて項垂れているかのように見えた。が、突如、肩を震わせる。

「……くくッ、あはははははははははは!!いいねえ、いいよ…なってあげる、次の贄。」

噴出した笑いを引き起こすと、立ち上がって父の元へ向かい、その車椅子の元に跪く。

「……。お父様…」

「どうしたんだい、うさぎ?」

「わたし、なるわ、次の」

「ああ、違う違う…違うよ。」

彼がそう言えば、それだけでうさぎの肩が強張る。

「よく聞きなさい。きみは二代目だ、皆を導く役目を持った特別な子だからね。あのお人形が出た子は“贄を選ぶ役”なんだ、わかるね?きみが選ぶんだよ、うさぎ。“家族の中で最も幸福な者”を選ぶんだ」

「ねえ……うさぎちゃん…?この子にしましょう?ケーキを切り分けたのは、この子よ。…永遠に生きるためには、見目は美しくとも生き汚くてはいけないわ?ね、パパとママを怒らせないで…?」

怒らせないで。その言葉にうさぎは身の毛もよだつ思いがした。今日まで、彼女の教育、指導のために大勢の信者が犠牲になった。火にかけられ、鞭で打たれ、槍で刺された。それは全て彼女の手で成すことを強要される。不気味な歌に交じる叫び声、血肉の灼け焦げる匂い、あのすべてを思い出すとうさぎの息は荒くなる。きっとここで彼を指差せなければ、きっともっと沢山の信者が。

「…っ、…、あな、たが…次の名誉ある者、よ…」

広間中に歓声が響く。場の支配者は常に教祖一家だ。

違う、どうしてですか、教祖様、と叫ぶ贄の声も虚しく、敬虔な信者によって捕らえられて連れて行かれる。うさぎはその場にがくりと膝を付き、頭を抱えた。

「あ゛ぁ゛あぁ゙ああっ………」

「怖かったわね…?うさぎ。せっかくのお誕生日なのに、あんな不埒者が現れるだなんて…。よしよし、かわいい子…私だけのお人形さん…」

たくさんの犠牲より、ひとりの犠牲を。そうするしかなかったとはいえ、自らの手で彼を殺した。正気である限り、ひとりの命の重さにいつまで経っても慣れることなどない。うさぎの精神を狂わせる重い十字架は今日もまた一段と重くなっていく。

「私たちは家族で、共に歩む同士である。あれは二代目であるうさぎを贄と“見せかける”ことで我らに牙を剥いた。裏切り者はいらない…規則に則り、彼を浄化してあげよう。」

「……けぇ、きの中に……沈めてしまうのがいいわ。ガレットデロワみたいに、かわいい、かわいい、お人形になってもらうのよ!きゃははははっ!」

「おや、それはいいね。よし、後夜祭はそうしよう。ほらほら、皆、忙しくなるぞ」

教祖は自らの都合良くルールを捻じ曲げた、にも関わらずただの一人だって異を唱えない。傍から見ればこんなものは全て茶番だ。茶番だけれども、この教団という組織の中では信仰という共通概念を拠り所として皆が繋がり合い、一つの社会を形成している。繰り返される恐怖と安堵の中で思考することを奪われた盲目の群衆。教祖の一声で右へ左へ、すぐさま夜の宴に向け準備を始める者たちに入り混じって、ある者はうさぎの身を案じ、ある者は冷ややかな目で彼らを見つめ、ある者は無関心でそこに立つだけだろう。うさぎを含め、正気でいながらにして狂気の日々に身を置く彼らは、果たしてこれからどんな運命を迎えるのだろうか。