小学2年生のとき、教室に可愛らしい花びんがあった。
まるくて、たんぽぽよりも淡い黄色の、ころんとした品があって可愛い花びん。私は当時お花係に立候補し、毎日毎日花の水換えをしていた。2年4組は端っこで、教室を出るとすぐ手洗い場があり便利だった。
その日は、帰りの会の後で水換えをした。両手で抱えて手洗い場まで運ぶ。なみなみに水を注いだ花びんに注意が向いていて、下を見ていなかった。廊下が濡れていたことに気づかず、派手に転び花びんを割った。
花びんは、学級委員をしていたSくんのお母さんが教室に寄付してくれた品であり、その日Sくんはもう下校していたため、私は翌日の朝の会で先生に促されクラスメイト全員の前、起立してSくんに向かい謝罪をした。当時、クラスに馴染んでいなかった私はこのあと暫く針の筵だった。一部の男子からはSくんへの嫌がらせで割ったんだろうとも詰られた。廊下が濡れていて滑った、という私の言い訳はお前が花びんを割ったからその水で廊下が濡れたんだとさらに言われた。不注意で割ったのに変わりはなかったので、それ以上反論もできなく、でもそんな風に言われるのは割ってしまったショックより辛かった。
Sくんにとってはお母さんが持ってきてくれた花びんだったこともあり、思うところはたくさんあったと思う。でも皆の前で謝罪させるという行為は、それを許さなければいけないという、彼にとっては望まないルールの強制だ。あの何ともいえない苦虫を噛み潰したようなSくんの表情はまだなんとなく覚えてる。他の男子から詰られたときSくんは話を振られても黙っていたけれど、一度だけ何がきっかけだったか「花びん割ったくせに」と小さく言われたことがある。文句をひとつも言わせてもらえることなく飲み込んだSくんの、一度だけの吐き出しだった。私よりも悲しく悔しい思いをしたのだと思ってる。
大人になってから、実は母が学校までこの件で出向いたと知り驚いた。謝罪にではなく、「教室に寄付し備品となったものを、更に遊んだりしてぶつかったわけでもなく係の仕事中でのアクシデントなのに、クラス全員の前でSくんに頭を下げさせる必要があったのか?!」と中々の喧嘩腰だったと聞いてびっくりだった。言われるまで理不尽だったとも思っていなかったので二重にびっくりだった。「でもSくんのお母さんはPTA役員で〜」先生からこう返され「関係あります?!大体うちも上の子からずっと6年PTAしてますが??!」と一蹴したとも聞いた。母強い……。先生に対する不満は子どもに言う話ではないからとずっと言わなかったらしい(ちなみに覚えてないだけかもだけど、この件で先生から怒られた記憶は特段ないし、その先生のことはずっと大好きだった)。
後の授業参観で、Sくんのお母さんは「気にしなくていいのよ」とわざわざ私に伝えに来てくれて、すごくほっとしたのも覚えてる。それと、こんなやさしいSくんのお母さんだからあんな春みたいな可愛い花びんを選んだんだろうな、とも思った。
ちなみに、つらい思い出がこびりついてしまった廊下は、その冬の放課後居残り特訓で初めてあやとびが跳べたことにより、思い出上書きできたんである。