初潮が来たころからずっと生理痛がものすごくて、中学生の頃は毎月のように泣きながら早退していた。帰り道にサボって駄菓子屋で万引きをしているクラスの男子に見つかってからかわれるたびに、どうして女に生まれただけでこんな目に遭わないといけないのかと、フラフラ家にたどりつき、嗚咽を漏らして制服から寝巻きに着替え、目をパンパンに腫らして布団に入るのが恒例だった。
お腹の痛みでうんうん唸っていても、かつて母から言われた「もうあんたは子供産めるってことなんやから気をつけなさいね」というセリフのような呪いの言葉が頭をぐるぐると駆け巡った。この世には誰も味方がいないのだと思った。お気に入りのパジャマを汚すほど経血が漏れることは異常だと、保健の授業では誰も教えてはくれなかった。
高校生になっても毎月お腹が痛むし、むしろそれはどんどん増すばかりなので、インターネットで調べてみると、わたしのような症状が出ている場合はピルが効くという結果がたくさん引っかかった。しかし、病院へ行ってみても「まだまだ生理周期が安定するまでは心配ないよ」と諭され、この強烈な、刺すような痛みが嘘だと言われているようでとても情けない気持ちになったのを、わたしは今でも覚えている。恋人がいない時期に「避妊する必要ないんならピルはいいんじゃない?」と言った医者もいた。しかし、当時のわたしには言い返す気力も起こらず、そう言われては仕方ないのだと諦めるしかなかった。
それから二年に一度、市の助成金で受けられる子宮頸がんの検査を受けるたびに生理痛がきついことを訴えたが、「まだ若いから」「まだ子供が欲しくないなら必要ないから」「様子見てくれたらいいから」「大人になったら落ち着くから」と言われて十年が経ち、もう子供を欲してもおかしくない大人になってしまった。CTを撮ってもMRIを撮っても血液検査をしても特に異常はみられないが、しかし明らかに体調は悪い。
誰に助けを求めればいいのか、わたしがおかしいのかと悩んでいるうちに、深夜、あまりの腹痛に耐えられなくなり、救急病院へと駆け込むことになった。
生理前に息ができなくなって気を失うほどの腹痛に襲われることはたびたびあったが、いっそ殺してくれと願ったのはこの時が初めてだった。この時になにか子宮や卵巣に何かあってくれれば医者は動いてくれるのではないかと、かなり不謹慎なことを考えたが、結果は腸が浮腫んで腫れ上がってそれが痛みを引き起こしたということだった。
明らかに腸に異変が起きていたとしても、それは絶対に生理が起因しているとわたしは確信していたし、そう訴えてもどの医者も動いてくれないことに納得がいかなかったので、後日、救急にかかった病院の総合内科へ足を運んだ。正直、その病院は評価が低く、行くにも仕事を休まなくてはいけないのだが、なにか不調があった時はいつでも来てくれと深夜に対応してくれた看護師の方が言っていたのでその通りにした。救急の際のカルテもあるし、向こう側も楽だろうという考えもあった。
予約した時間の五分前に待合室のドアが開き、「篠原さんお待たせしました!お入りください!」とわたしの目を見てゆっくりと言ったのは看護師でも受付の方でもなく主治医の先生で、今までかかったどの病院でもこんなに丁寧な挨拶をする医者はいなかったのでびっくりした。評価の低い病院でどうしてこんな感じのいい先生がいるのだ?と失礼なことを考えたが、その先生は週に一度だけその病院で外来を担当している、いわば派遣社員だった。レビューサイトを見ても、純粋にその病院に所属している先生は軒並み印象が悪かったのでなるほどと思った。
先生はその後、予約の時間いっぱいまでわたしの話を聞いてくれた。今までずっとずっとずっと生理痛がきつかったこと、生理痛がきつかったが若いからという理由だけでピルを処方されなかったこと、もうこんなに痛い思いをするのは嫌だという話をすると、先生は「どうして今までピルを処方されなかったのか不思議ですけど、とにかく今は篠原さんの体が優先です。僕はピルを処方してみる価値はあると思います。信頼できる婦人科の先生にも念のため確認をして、それから処方しますね」とわたしの目を見てはっきりとそう言った。わたしの今までの十年はなんだったんだろう?というくらい、あっさりと「篠原さんはたぶん月経前症候群なのでピルはすごく有効ですよ」と言われてしまった。聞けば、医者の中にもピルに対してネガティブな人は多いので、たまたまわたしはそのネガティブ中のネガティブを引いてここまで来てしまったのだという。
先生は「もしピルがダメでも、他の手立てはたくさんあります。様子を見るのはきちんと対処してからでないと」と言ってくれたので、わたしは今までの痛みや恥ずかしさや悔しさを思い返して目をつむった。
ピルを処方されてからというもの、今までの苦痛が偽物だったのかというほど楽になった。まず最初に、三十分おきに多い日用のナプキンを替えなければいけなかったあの時は本当におかしかったのだな、と思った。その次に「そんなことはよくあるから様子見て」と言った医者のことを考えた。悔しかったが、今が楽ちんならそれでいいかと、それ以上人を恨むのはやめにした。
先生がほかの医者と違う点はピルを処方してくれたかどうかではなくて、わたしの話をきちんと顔を見てしっかり聞いてくれたところにある。酷い医者ならひとつも顔を上げずカルテだけ確認して「ふーん。じゃあ様子見て」と言っているところを、先生は「それはしんどかったですね」と頷いてくれたのだ。同情してほしいのではない。わたしの話を聞いてくれているという安心感を先生はきちんと与えてくれた。
症状が安定した頃、そろそろ仕事終わりにサクッと行けるようなところに転院してもいいと先生に言われた。短期間のうちに有給をバンバン使って病院へ通うのは流石にしんどかった。先生は「次は篠原さんにとっていい病院と先生だといいですね。もし次もダメなら、またうちに来てください」と言って紹介状を書いてくれた。わたしはそこで我慢できなくなって、声を上げて泣いてしまった。本当に今まで孤独で苦痛で惨めだったのを優しく聞いてくれて、わたしはそれがすごく嬉しかったと言うと、先生は苦笑してティッシュをわたしにくれた。
ヤブの引きが凄いわたしでも、一発でいいお医者さんだな、と分かる特徴がある。それは目を見てしっかり頷いてくれることで、そういえば子どもの頃からのかかりつけの病院はどこもそんな感じだし、逆に「あの医者ヤバかったな」というやつはこちらのことをチラリとも見もしない人ばかりだった。
その優しい先生も、そこから紹介された病院も、子どもの頃から通っている診療所も、どこも確かにわたしを不特定多数の患者ではなく、一個人として接してくれているなと思う。そういうところで処方された薬はきちんと効くし、そうでない医者の出す薬はそもそも間違っていたりする。
今日もストレスで荒れた肌を診てもらいにかかりつけの皮膚科へ足を運んだが、わたしのストレスの原因となっている職場の話を聞くなり先生は「わー!怖い!」と笑いつつ、わたしの患部に触れた。手当てという言葉はここから来ているかどうか定かではないが、体の悪いところを医者に触ってもらうと、それだけでそこまで悪くないのだろうと安心する。それと同時に、ヘルペス誤診クソ医者はわたしの患部を横目で見ただけだったことを思い返してゾッとした。それを医者の言うことだからと鵜呑みにしすぎたわたしもよくないし、信頼できる皮膚科の先生は「程よくガス抜きしてください。前ほどひどい状態でもないですし」と言ってくれたし、そもそもわたしは人を恨むのはやめにしたのでこれくらいにしておく。