近所のお婆さんから「今朝もいだところだから、食べて」と小ぶりのグレープフルーツを三つもらった。その人は薬との飲み合わせの問題でグレープフルーツが食べられないらしい。私は柑橘類の中でもグレープフルーツが特に好きなので、絶対にその薬が必要になる病気にはかかりたくないと思いながら、有難く三つとも受け取った。思わず「やったー!グレープフルーツ大好き!」と言ったら笑われてしまった。 もぎたてのグレープフルーツは小ぶりながらもズッシリと重く、スーパーなどで売られているようなワックスはもちろんかけられておらず、皮を剥く前から爽やかな香りがした。食べる前からあの独特の苦味が口の中に広がって、舌がまたたくまによだれで潤った。多分まだ食べ頃には早いかもしれないけど、我慢ができなくなったので、帰宅したら一つ剥いて食べてしまうことにした。 グレープフルーツはいつもなら半分に切ってスプーンでくり抜きながら食べるが、今回もらったものは皮が厚くて剥きがいがありそうだったので、録画していたドラマ版ハンニバルを観ながら剥くことにした。ナイフを硬い皮にざっくりと挿し込み、切れ目を入れて剥き、白い筋を取り除き、房を潰さないように手で優しく割り、薄皮と実の間に指を入れる。手に果汁がしたたる。部屋が一気に爽やかな香気で満たされた。くだものはセクシーな食べ物だと友人が言っていたことを思い出す。その通りだと思う。ハンニバルを観ながらグレープフルーツを切り分け、手を汚しながら食べるのはなかなか行儀が悪いが、スプーンで実をくり抜いて食べるよりも少し贅沢な味がした。 半ば恍惚としながらグレープフルーツを堪能したが、いざ食べ終わると、果汁にまみれてべとべとになった手が汚らしく感じられた。ドラマを一時停止してキッチンの流し台へと向かう。残された厚い皮と薄皮と種を、ドサドサとゴミ袋に投げ込み、いつもより執拗に手を洗った。私がいつもグレープフルーツを剥かずに食べていた理由をそこでようやく思い出した。爽やかな柑橘の香りと打って変わって、無慈悲な石けんの匂いをまとわせてリビングに戻る。ドラマを再生すると、ちょうど死体を隠す隠さないという話をハンニバル・レクターがしていた。
派手歌人 京都在住の獅子座の女 あだ名はラブリー たわむれチャーミング
vir.jp/matsugemoyasu