お相撲さんの下駄とハイヒールのはなし - 2017年3月18日の日記 - Tumblrより

篠原あいり
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先週と今週と用事があって大阪へ行ったのだが、二週連続でお相撲さんに遭遇した。とてつもなくいい香りが漂ってきたから振り返ったら、そこにお相撲さんがいたというのは、なかなか夢みたいで愉快だった。大阪場所があるからという理由だけで、スマホをいじるお相撲さんやマクドナルドでシェイクを頼むお相撲さんが見慣れた街のあちこちにいるというのは不思議な光景に感じられた。 お相撲さんたちの立派な体躯に、パリッとのりの効いた着物、びんづけ油の豊かな香り。先週彼らを見かけた時はその三つが印象的だったのだが、今週は、電車から降りて改札を目指して歩く数人のお相撲さんたちが履いている下駄に目がいった。大きな体を揺するようにして歩く彼らが、ガランゴロン ガランゴロンと下駄を鳴らしていたのに釘付けになってしまったのだ。いい香りがする方向を振り返った先にいた大きな人たちが、豪快な音を立てて去って行くのを見て、わたしは「神様がいた」と思った。『平成狸合戦ぽんぽこ』で、徳島と香川と愛媛の化け狸三匹が人間に変化して電車やタクシーで移動するシーンがあるが、電車に乗り、電車から降り、改札に向かってガランゴロンと歩くお相撲さんもまた、人間とは違う神聖なものが変身した姿に見えた。 以前、両足が義足の女性をテレビで観たことを思い出す。わたしが観たのは、アーティストの彼女が「ハイヒールプロジェクト」と題された福祉とアートの活動を行っている様子に密着した番組のコーナーだったと思う。彼女は12cmもあるハイヒールを履いて街に立っていた。身長が高い彼女がハイヒールを履くとその背丈は2m近くになるのでとても目立っていたが、両足が義足で高身長の彼女だからこそできる、とてもかっこいい選択であり、正しい装いの姿だった。彼女は「ヒールの上が私の舞台」だと言っていて、それに心底感動したのを覚えている。 『キンキーブーツ』という映画がある。大雑把に言えば、背も体重もあるドラァグクイーンのローラが履いても折れず、かつ危険で色っぽい「キンキー」なブーツを作る話なのだが、作中で「靴を見ればその人が分かる」というセリフが出てくる。いくら踊りやすいとはいえ、ドラァグクイーンがペッタンコの靴を履いていてはつまらないし、かと言ってダサい靴なんて論外なわけで、自身が完璧なクイーンになるための装置としてキンキーブーツを欲するローラのセリフなので、そのセリフから展開するちょっとしたストーリーを差し引いても、とても印象的だった。 お相撲さんも彼女も、キンキーブーツに登場するドラァグクイーンたちも、下駄やハイヒールを脱いでしまえば「お相撲さん」や「アーティストの彼女」や「クイーン」としての幕がおろされるに違いないし、わたしが下駄やハイヒールを履いても舞台の上に立っているとは言えない。唯一無二の存在の彼らが選んだ重たい下駄や尖ったハイヒールだからこそ、履きこなす彼らが美しい神様のように見えるのだと思う。

@matsugemoyasu
派手歌人 京都在住の獅子座の女 あだ名はラブリー たわむれチャーミング vir.jp/matsugemoyasu