映画『音楽』とラメのパンタロンのはなし - 2020年3月23日の日記 - Tumblrより

篠原あいり
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映画『音楽』を観た。映画館で手を叩き、涙を流して笑ったのは生まれて初めてだった。その体験があまりにも最高だったので別の日にもう一回観た。やはり最高だった。初期衝動の映画だ。初めてロックを聴いた時の、お腹や耳や頭や心臓やお尻がビリビリ痺れる感覚。あの感覚が観ている間ずっと続く映画だった。なるべくネタバレを見ずに劇場へ足を運んでほしい。公式の予告編もパンフレットも後から確認するのがいい。とにかくあなたは何も知らない生まれたてのままの状態で『音楽』に触れるのだ。それが一番いい。それこそが初期衝動。なぜならわたしがそうだったから。

わたしが『音楽』について前もって知っていた情報といえば、漫画が原作であるということと、坂本慎太郎が声優を務めるということだけだった。あの!あのゆらゆら帝国!あのゆらゆら帝国の!坂本慎太郎!坂本慎太郎が!坂本慎太郎が声優!最高!絶対観に行く!となり、まんまと観に行ったのだが、彼の声はなんであんなに凄いのだろう。あまり覇気のない声なのだが、彼の声を充てられたキャラクターは間違いなく生きていて、今日もこの世界の日本のあの辺りでタバコを吸っているのだろうと思えてくる。共演者のひとりが「坂本さんの声を聞いてずっと震えていました」と述べていたのだが、確かにその通りで、声というものは空気だけでなく人の心まで震わせるのだ、と思った。知らんけど。

初期衝動に触れ、坂本慎太郎の声に震えたわたしは、何の音楽を聴いたらいいのか分からなくなってしまったのだが、少し考えて、ゆらゆら帝国聴けばええやんと気がついた。頭ん中で爆音で音楽が鳴ってるから聞こえねえよ!ということで、久しぶりにちゃんとゆらゆら帝国を聴くようになり、音楽を一番しっかり聴いていた高校生の時のことを思い出すようにもなった。

あの時のわたしは今よりも怠惰で、同じクラスのいけ好かない女とバレーをやりたくないという理由ですべての体育の授業をサボタージュしていたのだが、そのせいで補習を受けることになった。体育館の周りをグルグルと走り続けるという、死ぬほどダルい、しかしいけ好かない女にトスをするよりは1000倍マシの罰を受けたわたしはこの世の全てを恨んだ目つきでダラダラと走った。ダラダラ走っていると、どこからかギターの音がしてきた。軽音部の誰かが練習をしているのだろう。デレレレレレーレ。デレレレレレーレ。同じリズムが繰り返し聞こえてきて、わたしはそれがゆらゆら帝国の「ラメのパンタロン」であることにすぐ気がついた。いけ好かない女と、塗装のアルバイトのし過ぎで中毒になった様子のおかしい男しかいない学校だと思っていたのだが、ゆらゆら帝国を弾くやつもいるんだ、と嬉しくなり、デレレレレレーレを聴きながら完走した。

走り終わり、着替えを済ませて職員室に行くと、ギターをケースにしまっている中ちゃんがいた。中ちゃんは友達の友達という感じの子で、愛里という名前のわたしに「ラブリー」とあだ名をつけてくれた軽音部の男の子だ。帰宅部のわたしは中ちゃんに話しかける。

「さっきゆらゆら帝国やってた?」

「えっ」

「ラメのパンタロン。聞こえてきてびっくりした」

「俺も!俺も今びっくりしてる!ゆらゆら聴いてる子この学校におるんや!」

うれしーなー、練習してよかったー、そうかラブリーはゆら帝聴くんかー。そう言って中ちゃんはギターケースを背負ってバイトへ向かった。わたしはそれを見送り、晴れやかな気持ちで先生にハンコをもらい、iPodで「ラメのパンタロン」を聴きながら帰った。

中ちゃんのことなんて『音楽』を観るまで、ゆらゆら帝国を久々に聴くまで忘れていたのに、三十路も目前になった今、当時のことをハッキリと思い出すなんて、あまりにも綺麗な話だと思うが、わたしにだってこういう話のひとつやふたつ、ちゃんとあるのだ。たぶん、これから十何年と経ってから『音楽』を久々に観て、今日のこの日記のことも思い出す日だって、きっと来るのだ。デレレレレレーレ。

@matsugemoyasu
派手歌人 京都在住の獅子座の女 あだ名はラブリー たわむれチャーミング vir.jp/matsugemoyasu