洞爺湖サミット前サミット、みたいな催しが私の通っていた高校の近くで行われたことがある。
各国の首脳が集まるということで会場の周辺は結構な騒ぎで、サミット前サミットの前日のHRでは「明日の首脳会議について」というようなプリントが配られた。まるで高校生の我々が首脳になったかのような題だったが、「テロの恐れがあるのでゴミ箱や花壇などには近づかないこと。万が一でも危険な目に遭ったら悪あがきせずに諦めること」とか書いてあったので、その通りだと思った。首脳ってやつは一筋縄ではいかないのだ。
当日は交通規制がかかり、信号機が止められ、会場の周囲には警察官がビッシリと立ち並んでいた。素人目にもこれは人数が多すぎると感じられた。警察を多く配置するにせよ、バランスというものがある。警察官たちの立ち位置はあまりにも偏りがあった。
私がいつも使う横断歩道の辺りにも20人以上の警察官がいた。警察官に囲まれながら登校をするのは後にも先にもこの時だけだ。警察官たちは「今日は信号が止まっています!」「我々がしかるべき時に合図をしますのでその時に渡ってください!」「よろしくおねがいします!」「おつかれさまです!」と口々に言った。まるで学芸会の演劇のようだった。
2分ほど待たされた頃、私の隣に立っていた警察官が、「この時間帯は白バイも通りませんので、今のうちに渡ってください」と言ったので、私は軽く会釈をして横断歩道を進んだ。
横断歩道の中程まで行った辺りで、右手の方からエンジン音が聞こえた。
白バイが猛スピードでこちらに向かってやって来ていたのだ。
20人ほどの警察官は大慌てで、後ろから前から、「戻ってこーーーーい!」「走ってこーーーい!」と口々に叫んだ。「何でおまえ渡れ言うたんやーーーー!」「白バイ来ぉへん時間やって聞いてたんやもーーーん!」とかいう口喧嘩も聞こえてうんざりしたが、そんなことにかまっている暇はない。あと数メートルで渡りきれそうなので、「走ってこーーーい!」という声に従うことにした。
私が駆け出そうとした瞬間、前方から堂々たる体躯の警察官がものすごいスピードでこちらへ走り寄り、そのまま私を抱えて横断報道を渡りきった。
そのムキムキの警察官は私を抱えたままこちらの目を見据えて、「すみません!怖い思いをさせてしまって!」と言った。
私の頭の中のホイットニー・ヒューストンが「エンダーーーーーーーーーー!」とシャウトする。
たぶん彼は白バイの予期せぬ到来に対して謝罪をしたのだろうが、どちらかといえばいきなりお姫様だっこで連れ去られた方が怖かったので、「いや……大丈夫です……」とだけ答えて、ブッシュやプーチンもこんな風に守られたらたまったものではないだろうなと考えながらヨロヨロと学校へ向かい、テロにも巻き込まれずに無事に授業を受けた。テロリストもまさか一般市民が警察官に怖い思いをさせられているなんて知ったら黙って家に帰るだろう。結果的に警察官のお陰でテロは起こらなかったのだ。このまま世界が平和になればいいと思った。帰り道にまたその横断歩道を使ったが、私を助けてくれたマッチョの警察官は見当たらなかったし、警備についていた警察官の数は明らかに減っていた。夢だったのかもしれない。