芸術の巨人に手を引かれた

matsuri269
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公開:2025/11/5

ここで作業中だと言っていたタローマンの同人誌は完成し、第一刷は頒布済みである。(第二刷は11月12日以降頒布予定、以下のサイトの再販希望を押しておくと在庫が追加されたときにメール通知が来る)

第二刷頒布の際にまた梱包に苦労するんだろうな……はあるとはいえ、ひとまず一段落といったところだ。SNSや感想フォームからさまざまなご感想をいただき、ほんとうに飛び上がるくらいよろこんでいる。ありがとうございます。

ここから先のテキストにはネタバレは含まれません。わたしの感情の話です。

なんというか、タローマンが手を引いてくれたからここまで来られたな、という気がしている。上の記事でも書いたけれども、今回の本はかなり面倒な構成になっており、小説というよりはエクストリーム言語パズルに近い。その上他のギミックもある。こんなの、普段の自分だったら思いついてもやれなかっただろう。トレーシングペーパー本というアイデア自体は、けっこう前からあったのにやってなかったのは、ひとえにぜったいに面倒だとわかっていたからだ。

でもやった。やることができた。ここまでたどり着いた。それは芸術の巨人が先を歩いていたからだと思う。当然、タローマンはこんなことをしない。ルールとギミックに縛られた小説なんか書かないだろう。でたらめでべらぼうなことをやっている。でもでたらめってただ無秩序っていうわけではないですよね。それが既存の枠組みにとらわれないから、でたらめに見えるんですよね。今回やったことは、おそらくこの世界にまだ存在しない物理書籍のあり方で、それって、ある意味では、でたらめって、言ってもいいんじゃないか、って、思うんですよ。

でたらめでべらぼうな存在の二次創作をやるんなら、こちらにできる限りのでたらめとべらぼうをやる、それが存在に対する礼儀だと思うし、今回、今の自分にできる範囲でそれができたんじゃないかって、思いたい。

タローマンがわたしの手を引いてくれたわけではないだろう。そんな常識的なこと、タローマンがするはずがない。そもそもタローマンは巨大だ。いやそういう問題じゃなくって。たまにタローマンはタローマンなりの思いやりを示すことが本編にあるけれども、それが必ずしもその対象の利益になるとも限らない。タローマンはどこかでくねくねしていただけかもしれない。それを「見た」わたしが勝手に感銘を受けて謎の小説を書いただけかもしれない。それでも、わたしが自分の足でここまで歩けたのは事実だし、その道行きの先にあの巨人が立っているのも事実なのだ。