ナショナル・シアター・ライブで「善き人」を見ました。見てよかったです。
以下ネタバレあり。
第二次世界大戦中のドイツで、なんとなく自分に言い訳しながら自分に楽な道を選んでいったらハーケンクロイツを着ることになる男のはなし。
主人公のジョン以外のメインキャストはふたりしかおらず、そのふたりがジョンの周りの人々を演じていくんだけど、みなさん役の切り替えがうまくて、シーンがぱっと切り替わるのがすぐにわかった。
とにかくジョンの自己正当化のうまさが印象的だった。ヒトラーが台頭してきてユダヤ人の友人は不安がっているけれどもこんなのはすぐに終わると言って手助けすることはしない。(当然、手助けしたらジョンに危害が及ぶ可能性は十分にあったのだが、でも序盤であれば友人をある程度助けることもできただろう)焚書する際もこれでドイツの教育が実学に基づくものになるかもしれない!とか言う。ほんとうにそれを信じているのか?
ジョン、ほんとうにそれを信じているのか?という顔がうまく、序盤に「家族が一番大事」とか言ってるんだけど、実際老いた母と家事がうまくできない妻を捨てて自分の生徒を新しい妻にするし、それでいて「家族のため」を言い訳にしてナチスに入党してSSに入り最終的には命令に従ってアウシュビッツに赴任する。それでいて、妻であるアンはジョンに「何をしてもわたしたちは善い人よ」と言う。これから何が起こるかはわかってないだろうに。
実際、ジョンはこれから先「善い」ことをすることはかなり難しい立場になっただろう。本人も、ある程度はそれを予感しているだろう。なのに、彼は自分にとっての真実を優先する。ジョンはずっと脳内に音楽が流れていると言っていた。(作中では既存の音楽がBGMとして有効に使われている)そして、最後に本物のバンドが出てくる。ジョンはバンドが実在することに驚き、そしておそらくはある種の安堵を感じ、この物語は終幕を迎える。ジョンをずっと翻弄してきた音楽は存在したのだ。その存在のほうが、これから起こることよりも、ジョンにとっては重要だったのだろう。
この物語の主人公は最初から最後まで「善い」人ではなかった。場当たり的でその時時で最善に見える行動を取り上辺だけ取り繕って権力におもねってパーティーにはしゃいでいた。楽な生活がしたいだけだった。恵まれた立場を手放したくなかった。たぶん、それだけのことなのだ。