お前好きなものいっぱいあるな、と思った人もいるかもしれないが、なんというか、好きなものが増え続ける人生なので仕方がない。そのときどきで優先順位は変わるが、「好きなもの」に入ったらもうなんらかの形で気にし続けることになる。なにはともあれシニャックだ。
ポール・シニャック(1863 - 1935)は新印象派に分類されるフランスの画家だ。新印象派というのは、点描が特徴的な画風の、印象派の次に出てきたグループのことだ。(ただ、新印象派の真髄は点描ではなくて、色彩を科学的かつ理論的に分割して表現し観測者の目の中で混ぜ合わせてもらうところにある、らしい。)おそらく、新印象派を創設したジョルジュ・スーラの『グランド・ジャット島の日曜日の午後』を教科書などで見たことがある人も多いだろう。そして、それ以外はあまり知らないな……という人も多いだろう。というか、新印象派の解説がなされるとき「スーラは」と書いてあるか「スーラとシニャックは」と書いてある事がほとんどだ。
そう、シニャックは新印象派の二番手だ。一番手ではなく。
シニャックの何が好きかと言うと、後期の絵柄と、その人生だ。まず絵柄のはなしからしよう。これは国立西洋美術館に所蔵されている(そう、シニャックの絵はけっこう日本にもある!)『サン=トロぺの港』という作品だ(ありがたいことにメディアコモンズにある!)
点描画である。もしよければ、URL先から拡大してみてほしい。点描のタッチが長方形に近い。また、海や空がかなりパステルカラーで描かれているのが目に留まると思う。近景が暗め、後景が明るめなのは新印象派の特徴、らしい(色彩を分割して配置する上で、そうなりやすいそうだ。ただ、そうではない絵もたくさんある)なんというか、スーラの点描には緊張感があり、それがいいところではあるのだが、見ていてこちらも緊張してしまうところがある。しかし、シニャックの点描には色彩も含めてやわらかなところがあり、わたしはそこが好きだ。
このように、シニャックを語るときにはスーラと比較するしかなく、それも含めて、好きだ、というところがある。
スーラは31歳という若さで亡くなった。(そのときスーラの家族と友人ーーシニャックもそのメンバーに含まれているーーがスーラのアトリエ整理をしたらしく、わたしはそのエピソードでシニャックが気になりはじめた)そして、シニャックの画風はそこからちょっと、変わっている。シニャックが絵を描き始めたのにはモネの影響があり、その色彩感覚を取り入れ、どちらかというとやわらかい色彩の絵を描くようになった。
また、シニャックはスーラを美術史上に位置づけるための本も書いている。シニャックがいなければ、スーラがこのように有名になることはなかった、と述べている研究者もいる。(なんなら、スーラをキリストとするならシニャックはパウロだ、と言っている論文もある。わたしはシニャックをスーラの「信奉者」というのはちょっと違うのでは?と思っているのだが、これから調べていったら変わるのかもしれない)
スーラがいなければシニャックはいなかったのだが、その逆もまた、別の角度からは真である、そういうところが、たぶんある。
想像に難くないことなのだが、新印象派、というか厳密な様式に従った点描は、かなり困難であるため、新印象派に加わったものたちは途中で離脱していった。そして、新しい芸術様式を生み出していった。人生の最後まで新印象派の様式を守り続けたのはシニャックだけだった。(ただ、前述したように、スーラの点描とまったく同じ、というわけではないのだが)
シニャックは71歳で亡くなる。シニャックがなぜずっと、新印象派を続けていったのか、そのうちそれにたどり着けたらいいな、と思っている。