日常と向こう側

松下とも子
·

お勤めの日。卵焼きってなんであんなにお弁当に入ると嬉しいんだろう。ゆで卵でも炒り卵でもいいんだけど、卵焼きにした時がやっぱり満足感最高。今日も全力出し切りました。

帰り道、ホームで電車を待っていると、甲高い嬌声がしだいに近づいてくる。若い女性だ。「中学生の、人殺し!」など、不穏な言葉を叫んでいる。緊張感が走る。駅員が異変を感じたのか追いかけて来たが、そのまま女性はするりと私と同じ電車に乗ってしまった。

夕刻で電車は満員。万が一、あの女性が刃物など振りかざしはじめたら、、、と最悪の想像をした。乗客たちも不安だったのだろう、隣の車両をちらちらと見ている。何も防具を持っていないし、念のため緊急時停止ボタンを探すが見つからない。ふた駅が長く感じた。

気疲れしたので降車駅のミスタードーナツで一息入れることにした。ハニーディップとカフェオレ。ミスタードーナツの飲み物は美味しい。人心地がついて、秩序とはすごいなと思った。誰も信号無視をして暴走せず、車内で刃物も振りかざさないから私たちの生活は成り立っている。そっちの方が奇跡なのかもしれない。

例えば、飛行機が落ちたら怖いからと新幹線ばかり使っても、たまたま一人おかしな人が乗っていたらアウトだ(ありましたよね、そういう事件)。いくら気を付けていても人の運命は分からない。

2021年の東京での個展は、寄せては返すコロナ禍のはざまで開催した。やることだけは心に決めていたが、ある人から強く開催を反対され、私はとても気が滅入っていた。

そんなある日、マンション前が騒がしいのでベランダから道路を覗くと、若い配達員が頭から血を流して倒れていた。事故だ。一瞬で事態を判断した私はその姿が脳に焼き付かないようにすぐに部屋に戻った。そして思った。どこで何をしていようが死ぬときは死ぬと。

腹を決めた。感染者を出さない対策を考えうる限り全てやり、やると。誰も来なくてもいいと思った。私がその作品をその時どうしても見たかったのだ。幸いたくさんの人に見てもらうことができ、感染者も出なかったが、完全に運かもしれない。美談にするつもりもない。ただ、どうしようもない運命に巻き込まれるならば、できるだけ後悔が少ないように自分が納得する自由と理性のバランスを磨いておきたい。

@matsutomo
福岡で写真と文筆をやってます。 ★ほとりスタジオ www.hotori-std.com ★第54回九州芸術祭文学賞 佳作受賞kyubunkyo.jp/archives/1158 ©2024松下とも子