私には姉がいるのだが、姉も私も雛人形を買ってもらわなかった。家には母の雛人形があり、戦前に揃えられたそれはもともとは豪華に揃えられたものらしかったが、母が嫁入り時に持ってきたものは人形はお内裏様とお雛様だけでそのほかの飾り物は一式揃っていたのだそうだ。が、私が物心ついた頃に残っていたのは人形と玉台、屏風、ぼんぼり、桜橘、菱高三方揃いだけであった。残りは私達がおもちゃにして壊したりなくしたりしたらしい。実家を処分したときにどこかの施設に寄贈したのだが、きれいで上品な顔立ちの人形だった。
姉か私に娘が産まれたら雛人形を譲ってもらえたのだろうけれど、あいにくふたりとも男の子を授かったので雛人形は実家にしまわれたままになった。
息子が三歳のときに母が体を壊したため私と息子で実家に長期滞在したことがあった。秋から滞在していたと思うのだが母の体調も回復し始めた節分にひさしぶりだねえといいながらお雛様を飾ったら息子がたいそう喜んだ。そして数日後、姉一家が実家に遊びにきた。息子が甥っ子に「このお雛様僕のやで」と突然言い放った。それはおばあちゃんのやで、と母や姉と笑っていたら甥っ子が「ちゃうで。僕のやで」と言い出してけんかになった。
いやいや、君らにお雛様の所有権はないやろ、と突っ込みかけたのだが、彼らにはひな祭りは女の子のものという固定観念がなかったらしい。そういうのを植え付けようとは思っていなかったけど、私が子供の頃は社会全体から端午の節句は男の子の日、ひな祭りは女の子の日と決めつけられていて、知らず知らずのうちにそういうもんだと思うようになっていたし、息子たちもそうなのだろう思いこんでいたので意外だった。
よくは覚えていないが、甥っ子と息子にはこれはおばあちゃんのものなのでおばあちゃんの家で飾っている、あなたたちのものになることはないのだよ、と話したと思う。
だがしかし。私はずっと自分の雛人形が欲しかったのだ。結婚してから夫にもそれを伝えていて、ケース入りのを買おうか、でも邪魔だよねえ、と何度も選んだり諦めたりしていたところ、今から三十年ほど前に当時加入していた生協のカタログに焼き物の雛人形が載った。千円しなかった。出すのも片付けるのも簡単なそれが欲しくなって息子に、母はこれが欲しい、と話したら買ってあげると言ってくれた(ちょうどお年玉をもらった直後だった)。
ということで無事届いたお雛様を毎年飾り、写真をSNSにあげているのである。自慢のお雛様なのだよ、これは。