実家にいる猫のうち、いちばん高齢なのがこの「ジノン」である。オスのシルバーチンチラで、今年16歳になる。
この子はわたしと入れ替わりになるような形で実家に迎え入れられた。娘が家を出ることに寂しさを覚えていた母親が、これまた足しげく通っていたペットショップで一目惚れして購入してきたのだ。子猫は当時母が熱狂していた「私の名前はキム・サムスン」という韓国ドラマから「ジノン」と名付けられた。
ジノンは温厚な性格で、滅多に声を荒らげたり爪をたてたりすることがない。その高貴な見た目もあってか運動はやや苦手で、本棚に飛び移れず時々上から降ってくることもある。人間に対しては嫌い寄りの無関心という気難しい性格で、若い女性や気に入った人間以外には姿を見せることすらしない。
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先述のとおり、わたしはこの猫たちとずっと一緒に暮らしていたわけではない。ただ、3匹のうちジノンだけが、わたしを家族として認識してくれていたような気がする。わたしはそういったジノンのスタンスみたいなものが好きで、少なからずジノンも同じように思ってくれていたのではないかと感じている。
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昨年末に子供を連れて帰省したとき、ジノンは物珍しそうに娘の側へやってきて「あら」という顔をしていた。「子どもを産んだんだよ」と説明すると、彼はさもありなんと言う感じで「ナゥォ」と鳴いた。ジノンは娘の頭をくんくんと嗅いだあと、尻尾をピンとわたしの背中に寄せ、3往復ほど擦り付けて出て行った。
それはわたしが大学時代に母と喧嘩して、部屋で号泣していた時と同じだった。ジノンは泣きじゃくるわたしを「あら」といった感じで見つめ、ナォナォと言いながらゆっくりと身体を寄せてくれた。それは猫が持っている最上級の優しさであり、ある種の尊厳なのだということがすぐに分かった。ジノンのビードロのような瞳がじっとわたしのことを見つめていた。わたしが涙をぬぐって「ありがとう」と言うと、ジノンは小さく喉を鳴らし、静かに母のいるリビングへと去って行った。
一般的な猫の寿命は約12〜18年ほどしかない。ジノンがいつかいなくなってしまうことを考えるのはとても悲しくて、何かが損なわれたような気分になってしまう。最近は昔のようにあちこち悪戯をすることもなく、やわらかい布団の上で一日中丸くなっているらしい。
猫とひと言だけしゃべれる道具があったなら、やはりあの時のことを感謝していると伝えたい。友よ、大好きな弟よ。わたしがいちばん辛い時にそばに来てくれてありがとう。きっとジノンの方はそんなことを覚えちゃいないだろうけど、それでも。