オムレツを食べ終え悩みくしゃくしゃになる髪の毛はバターの匂い /山階基『夜を着こなせたなら』
白い布をかすかに鳴らしすべりゆくいくたび四季にさらした髪よ
作者の短歌にはどうしてか「髪」のイメージがある。生活、暮らし、人の気配。繊細な眼差しがとらえる日々の景には、部屋の空気のような温かい匂いが漂う。ああ、この人の短歌のなかで暮らしたい、と思うことがある。
音楽は鳴り終えている起き抜けのぼやけた窓を雨はくすぐる
秋の霧まつわる傘をまわすのは愛のごまかしきれないすべて
ただ、文体の素直で等身大な印象、また言葉選びなど詩としての響きの小ささに比べて、その構成や佇まいは驚くほど端正だ。一見して読みやすいのに、全体には常に洗練された響きが通貫している。エレガンスと言ってもいいのかもしれない。そういう美しさを、比喩の射程や言葉のぶつけ方ではなく、あくまで構成と韻律によって叶えているところに大きな力を感じる。
手に乗せてナイフを入れる十六夜の月の匂いは梨だと思う
すべやかなリズム。
*
本当は好きだからもっと色々と話したかったんだけど、体力が追いつかなかった。繰り返しふれたいし、繰り返し話すことになると思う。