先週は毎日オーケストラのプロジェクトの練習が朝から晩まであった。
10時から17時というスケジュールだけれども、自分の練習時間を捻出しようと思うと朝か夜かの選択肢。さらには月曜日から水曜日までは夜にもリハーサルやレッスンが入っていたから、必然的に自分の時間は朝になる。
朝7時から学校が開くから、その時間に合わせて練習室を予約して10時少し前までを自分の練習時間に。オーケストラの曲も練習しないといけないし、1番前のコンミスの横に座っているプレッシャーと指揮者からのプレッシャー、コンミスのサポートとなれないドイツ語での練習、英語でのコミュニケーション、いろんな人の思惑とか、友人との微妙で絶妙な距離感。容赦なく降りかかってくる次のプロジェクトのための練習と自分の練習。
かなりパンパンだった。ある程度自分で予測はしていたし、自分で自分を追い込んでいたのは確かなことだけど、それでも疲労は蓄積していく。
オーケストラの公演が土曜日に終わっても、次の日の日曜日はレッスンだし、そんなことを言っていたら月曜日の新しい週がやってきて、日常に一気に戻される。リセットとかリフレッシュ、少しの休息は用意されてなかったし、休む選択肢は私には残されていなかった。
連絡を溜めることはないのだけど、ドイツ語と英語のメールを読んで返信するのはなかなかに労力が必要になるからTODOリストに積み重なっていくし、次のプロジェクトについての連絡もひっきりなしに飛び込んでくる。WhatsAppとメールを開くのが億劫になるなんて、ちょっと前は考えられなかったし、未読・既読スルーはあんまりしていなかった私だけど、返せていない宙ぶらりんなチャットルームもある。
これで良いのかな、と不安にもなる。
でもその反面、自分が求めていたやりたいことに囲まれる生活であるし、自分の音楽を音を必要としている、能力を発揮できる環境にいることができていることに対しての感謝はとても大きい。
羽を休める安らぎの場所を求めつつも、スリルのあるピリッとした刺激的な場所も求めている。このアンバランスなような感覚を行ったり来たりすることが好きなのだろうし、それがあって「私」なのだろうなあと思う。
ちょっと矛盾を抱えた、綺麗な歪な器。それこそが人間らしさと、人間であるが故の悩みなのかな。
疲れちゃった、と言いつつも、その疲れを受け入れた上で疲れた、と言えるようになりたい。