仕事のことは、基本ほとんど個人アカウントでは書かないのだけれども、胸いっぱいなので残しておく。
Autifyというスタートアップ企業に、4年半勤めた。その前は新卒から30代後半まで長年同じ会社で、SIerのシステムエンジニアをやっていた。不確実性の高いライフイベントが続く時期がひと段落して、新しいことに挑戦したいと思ったものの、平坦な職歴と年齢ゆえか、初めての転職活動はなかなか思うように進まなかった。Autifyはそんな自分に、なにかを見出して迎えてくれた会社だった。世界じゅうから集まった、信じられないくらいすてきな仲間やお客様と、得がたい経験がたくさんできた。機会を与えてくださった方々に感謝したい。
いくつかの領域に分けて携わった業務を振り返る。
サポート
入社したのはコロナ禍にあった2020年8月で、Customer Success Engineerというロールだった。ソフトウェアの自動テストを行うプラットフォームを利用するお客様に対し、主にポストセールスの支援を提供する。勤務形態も、客先常駐からフルリモートになった。最初に携わった業務はお客様からの問い合わせに対するサポートで、Autifyのプロダクトとユーザーの抱える問題の両方へ同時にキャッチアップできるのは効果的だなと思った。
何より魅了されたのは、テスト対象のWebアプリケーションやクラウド上のテスト実行においてユーザーが遭遇する問題の多様性だった。問い合わせいただいたテスト結果を見ると、フロントエンドのフレームワークもテストが実行されたブラウザ環境もさまざまで、まるで博物館のようだ。当時は実行環境としてIEだってサポートしていた。「IEだけテスト落ちるんだけど、どうしてですか?」とか、あったあった。
あらゆる組み合わせの未知がひろがる世界。しかしなんであれ、期待通りの自動テストが繰り返し行えて、実行結果が信頼に足るものであることは、Autifyのサービスの根幹を支える価値なのだと理解した。だから、たとえば画面内の要素をクリックする処理ひとつをとっても、実世界のアプリケーションからの学びを惜しみなく注ぎ込むエンジニアリングやサポートのありかたに目を見張った。
そんなサポートに慣れてきた2ヶ月目くらいのタイミングで「ソフトウェアテスト自動化カンファレンスに出てみたら?」と促されるまま、新しいドメインでいきなり登壇することになった。なるほどスタートアップ、すごく早い。
入社後数ヶ月の所感まとめみたいな発表になっているけれど「自動テストの本質的な課題には、Autifyを使っても取り組むことになる」は、4年経った今も基本的には変わらないし、解き方にいくらかバリエーションが出てきたくらいかと感じている。
ドキュメンテーションと機能デリバリ
好きな仕事のひとつ。主力のWebアプリケーション向け製品のヘルプセンターでは、リリースノートや機能ドキュメントを中心に、大小トータルで日本語で84件、英語で66件の記事に関わっていたようだ。ドキュメンテーションプラットフォームを現在のものへ移行する前に書いた記事も含めるともっとあるだろう。

特に、いくらか複雑性を導入はするけれども、それによってユーザーができることの幅がひろがる新機能のドキュメントを書くのはとても楽しい。たとえばテスト間の変数受け渡しのようなドキュメントは、これを使ったらどんなユーザーストーリーをカバーするテストが新たに作られるようになるだろうか?と思いを馳せながら書いた。広範にはリリースノートや機能ドキュメントを用意しつつ、直接お客様とお会いした際には動くものをその場でお見せしたり、逆に潜在的なユースケースや課題を伺ったりできる。また、機能が映えそうなサンドボックス的画面を作ってウェビナーするのもいい。マス向けと個別接点との両方でユーザーへ機能を伝える活動や新たな問題の発見ができるのは、コンパクトな組織の醍醐味かもしれない。
また、対外的に紹介しやすい機能のデリバリがあるいっぽうで、外から直接は見えづらい改善を着実に進めている開発の成果を見るのも嬉しかった。テスト実行環境に関する内部データ構造のリファクタリング、プロキシのコンポーネントの刷新、テスト実行インフラの単一障害点をなくすアーキテクチャ変更といった大きなもの、それに数え切れないくらいの細やかな改善が積み上がって信頼性の高いプラットフォームの稼働が実現されている。いまはリリースノートを書く職務を委譲しているので、PRの中身を眺めるようなことはなくなったものの、“We have made many other improvements to make your testing experience more pleasant” 的な一文を添えていた頃はいつも、そういった数多の貢献が頭の中にあった。
顧客データの整備
Autifyのカスタマーサクセスチームには、お問い合わせ対応を主とするリアクティブな支援中心のサポートの機能と、利用開始時のオンボーディングをはじめとするお客様の状況に応じたプロアクティブな活用支援の機能がある。
どちらも完全に分離されてはいないながらも、わたしのロールは後者に重点が置かれたものであった。ただ当初は、契約情報やプロダクトの利用データが複数のSaaSやデータベースに散らばっていて、それらの情報を横断し多くのお客様の状態を俯瞰した上でのスケーラブルなアプローチは取りづらかった。幸い、これら複数のソースからデータが集約されたデータウェアハウスの整備が進められており、その文脈に乗っかってカスタマーサクセスツールの導入や運用を始めた。
面白いもので、こういうのは最初「とりま」から始まり、やってみるほどにあんな指標を取ってこんなこともやって(or やらんで)みては? というアイデアが湧いてくる。ほどなくして、Customer Success Engineer は Customer Success Manager (CSM) とCustomer Reliability Engineer (CRE) の2ロールに分かれ、わたしはCREになった。このへんの経緯は当時のピアだった@a_knowが書いてくれている。
なお、現在データの連携先はSalesforceに変更しており、LambdaからRedshiftを検索してS3に吐いたファイルをAppflowから参照してSalesforceにデータ連携する流れをとっている。各社のみなさんはこういうCRMへの顧客データ連携はどんな感じで実装してるんだろう、ちょっと気になる。
プロダクトやエンジニアリングとの協業
Autifyの開発は二週間スプリントで行われ、その締めくくりに開催されるデモタイムが隔週で設けられている。すべて英語で行われ、スプリント中に行われた機能開発やバグフィックスに対して、チームの枠を超えて自由に質問やフィードバックをする絶好の機会となる。
たとえば、開発中の画面を見せてもらって「このボタンの文言がCancelだと、それまでに操作した全ワークフローが失われてしまいそうにユーザーは感じるかもしれないから、中断対象がこのステップに限った話であればSkipの方がいいんじゃない?」とか、細かすぎて伝わらないんじゃ的サムシングを述べてもその場で議論できるし、リーズナブルな内容である場合にはさっそくPRに反映されたりする。
また、フィードバックや協業を行う機会はデモタイムに限られない。
少し特殊ケースではあるけれども、セールス面からも技術面からも非常に重要度の高い課題があり「この問題についてカスタマーにウォークスルーしてもらおうと思うけど、参加してくれる人いる?」とSlackで聞いたら、びっくりするくらい大勢のエンジニアが関心を持ってミーティングに来てくれて、お客様にも驚かれたことがある。お客様へ日本語を、チームへ英語を交互に話しながらセッションを開催した。ミーティング後にNotionを見返すと、コメントや試す価値のありそうなアイデアでノートがびっしり埋め尽くされていた。ほどなくリファインメントを経て素早い検証が行われ、いくつかの問題が軽減された。
当然ながら、有限なリソースのもと潜在的なバリューに基づいてタスクの優先順位づけが行われる以上、プロダクトとお客様の間にあるギャップがくまなく満たされることは決してない。それを踏まえたうえで、ユーザーの抱える大小さまざまな問題に対し、いつもクリエイティブに取り組むエンジニアリングチームが好きすぎた。これほどすてきなチームと直接一緒に仕事できる機会は、もう残りの一生をかけてもそうそう訪れないだろうと思っている。
ケーススタディ
自分には新規営業経験はないけれど、なにかSaaSを売るとしたら、果たして自分の売るものがユーザーの問題をどう解決するのか、どんなチームが、どのくらいの時間をかけて、どう使って? という疑問に、ある程度イメージをもって回答できるようでありたいと考えた。また、自分が導入検討する立場だったとしても同じ疑問を持つと思う。
公開事例は紹介できる実例として素晴らしい。と同時に、あらゆるお客様を数多くインタビューして記事を用意するのは難しい。ただ、カスタマーサクセスで接点のあるお客様であれば、自分が対話している内容を社内ナレッジとして再利用可能な形へ還元することはできるのではないか。そんな発想から、以下のような枠組みを用意して、知っているお客様について書き出していく活動を始めた。

一枚にまとめておくと伝達がしやすく、日英両方で用意すればセールスやマーケティングのみならず、プロダクトやエンジニアリングにも届けられるものとなった。
これをやりながら改めて気づくのは、突き詰めるとAutifyが目指すべきは、お客様がソフトウェアを通じて行う価値提供への貢献であろうということだった。特にE2Eテストという、クリティカルなユーザーストーリーをカバーするテストが多く組まれるプラットフォームに携わると、それを直接目の当たりにできる機会が少なからずある。実際、お客様が作成し運用されているテストを拝見しながら、何度もしびれるような体験をした。おそらく、これはAutifyでカスタマーサクセスをやる最大の魅力なのではないかと考えている。
ハイタッチ支援
メイン職務のはずだけど、周りのことから先にいろいろ書いてたら、だいぶ後からの言及になってしまった。大体いつもこんな感じだ。
Autifyのお客様は非常に幅広く、スタートアップから大企業、自分のルーツであるSIerの方々まで、本当にさまざまな方々とご一緒させていただいた。チェックインのお時間をいただくと、Autifyのプロダクトが主にカバーする範疇にとどまらず、大規模システム移行案件、性能テストやモニタリングなど周辺領域、はたまた組織文化における課題について語ってくださる方々も少なからずいらっしゃった。ソフトウェアのE2Eテストはある種、より大きなコンテキストの中の一部分に過ぎないし、周辺領域を伺えばこそお客様が実際に世界を見ている視点に少し近づける気がする。
逆に、導入から間もない段階のお客様については、プラットフォームの利用を小さく始めていただきながら適宜ブロッカーを取り除いていって、自動テストの最初の取っ掛かりをつかんでいただく。この点においては、特にサポートチームが丁寧に個々のケースを支援してくれていて心強かったし、重大な問題があった場合にはすぐに共有があって一緒に対応を考えることができたので、とてもありがたかった。
お客様とのコミュニケーションにおいて、自分は基本的に即興タイプで「型化」は得意ではないのだけれど、なにを重視してやっているかをチームの人たちに伝えようとしたらこんなLTになった。つまるところ、わたしたちは顧客とサービス提供者である以前に、なんらかの期待と不安を抱えた人間同士であるということでしかない。
当然ながらうまくいったエンゲージメントばかりではなかったけれど、許されるのなら、わたし自身は契約交渉よりも相手を理解するための対話に軸足を置いていたい。まるで、どこかで聞いたような話な気もする。
契約交渉
しかしスタートアップは、文字通りランウェイを燃やしながら生きている。
今ある資金であとどれだけ走れるのか、投資家の期待に応えるにはどれくらいの数字を上げる必要があるのか、いつまでに次の調達を行う必要があるのか。そういった情報が余すことなく社内に展開されていたし、ファイナンスのかたは常にメンバーへ分かりやすく伝える労力を惜しまなかった。それ自体すさまじいことだと思っていたし、ある頃から自分の職務においても一定の交渉が求められるようになった。
その頃の総合的な状況と収益部門に所属するメンバーであった以上はある種必然で、これに関してあまり書くつもりはないけれど、2024年初にこんな記事を読んで、たぶん世界的な流れでもあるのかなと思った。「カスタマーサクセスの終わりの始まり」みたいな内容が書かれていた。
Customer Success has in many cases morphed into part of the sales team. And with that, the classic role of making customers happy with humans is in retreat.
そうなのかな。いや、たとえそうだったとしても。
退職をオープンにして少し経った頃、ファイナンスのかたと帰り道でチラッとお話ししたときに「メイコさんがスタートアップを嫌いになったわけじゃなくてよかった」と仰ったので、わたしは「嫌いになんかなるわけないじゃないですか」と答えた。それはもう好きとか嫌いとかではなく、わたしの一部なんだと思う。
バックフィル
シリーズBの資金調達が叶い、採用も加速して、入社した頃に十数名だった組織の人数は百二十名を超えた。会社は新たなサービスやプロダクトの方向性を打ち出している。そろそろ古参としてやれることはやったかなという気持ちと、マネジメントや多才なチームメイトの定着が進んで次に託したいタイミングと、心に灯がともるような企業とのご縁が同時に訪れた。自分の年齢も40代に入って少し経つので、新しい挑戦の機会は掴めるときに動いておいた方がよいという思いもある。
今年は、Autify古株フレンズの@tsueeemuraや@dblmktとの共訳書の出版も控えているし、次の会社でも同じDevOpsの輪の1パートでお客様を支援するという点は共通なので、自分の中ではそんなにやることが変わる気がしていない。
が、組織においてひとり去る影響は一定ありそうで、多様かつダイナミックな環境でいろいろやろうぜタイプの方、是非ご検討ください。このポジションは3年ぶりくらいのオープンですが、上で書いてきたものともまた少し異なる、新しい景色を見ていただけるはずです。
Autify, Inc. - Customer Success Engineer
おわりに
自分自身は、ばりばりテックの人でもなければ、ばりばりビジネスの人でもない。一体なんなんだろうってずっと思っていた。たぶん、わたしが得意なことの大半はglue workだ。Being Glueというこの記事が好きで、ときどき読み返すのだけれども、エンジニアリング組織においてglue workは欠かせないものでありながら、しばしばcareer limitingであったり、unpromotableであったりする傾向があるという。
でもありがたいことに、わたしはAutifyで自分のglue workをとても評価いただいたと感じている。
商談でさまざまな業界のお客様事例を求められるセールスのかたへ、実際のお客様に基づくストーリーを。複雑な交渉に臨むCSMへ、説明の根拠となるデータの可視化を。立ち上がりはじめの米国チームに、最初のインプットを。ユーザーとの直接の接点が限られる開発者へ、顧客の問題を解決している実感を。「こんなときどうしたらいいのか?」と疑問を持たれたお客様へ、対話を通じた問題の紐解きを。そして、自社への投資を検討しているVCの方々へ、ご自身の言葉で語ってくださるお客様の紹介を。やってる個々の内容自体はバラバラだけれども、共通点があるとするなら、異なる立場の人たちの自信に少しでもつながるなにかを提供したかったのだと思う。
次の職のJDにはこうあった。
You are an extraordinary partner – to sales, to product, to your team, to your customers.
おそらく、わたしはこの方向性でいいのではないか? この手の人物は世の中それほど多くないのが体感として分かったのと、現に求めてくれる場所がありそうだ。だとしたら、そこで生きていけばよい。
あらためて。これまで一緒に仕事してくださったすべてのみなさま、ありがとうございました! すごく、すごく楽しかったです。またお会いしましょう 👋
:seeya: