道の進み方

meishang
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令和6年能登半島地震において被害に遭われた皆さま、ご家族やご友人がいらっしゃる関係者の皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

皆さまの安全と一日も早い復興を何よりも祈っています。

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こんなことを言わなければならない日が来てしまうなんて。胸は引き裂かれそうで、始めは受け止められなかった光景も、時間が経つにつれ現実としてジワジワと悲しみが押し寄せてきた。日本に住んでいる以上、地震はいつ起きてもおかしくないとはいえまさか、よりによって漆を学ぶために5年間住んでいて様々な記憶と強く結び付いた輪島の街があんなことになるなんて誰も予想してなかった。

これが悪い夢ならどれだけ良かったかな。

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せっかくだから、私と漆と輪島の出会いについて今一度書き記してみようと思う。知ってる人には「何度も聞いたよ」って話だろうし、初めての方には「へぇーそうなんだ」と感じていただければ幸いです。

幼少期の夢は「ウイルスの解剖をすること」だったけれど、後に特性として判明するのですが私は算数が壊滅的に出来なかった。

その道を諦めたあとは盲導犬訓練士や動物愛護の方に進みたいかもとぼんやり想像してみるもののどれもその職業についている明確なイメージが持てず。果ては高2の三者面談直前に「旅人になりたいです」と担任に告げて狼狽えさせ困らせた。旅人になってる自分の方がまだイメージが持てたから。

そんな折、当時日本文化を調べるゼミに属していたことと、元来日本史が大好きだったのもあり朧げながらも『日本人らしい仕事がしたい』と強く思うようになった。そこでたまたまNHKで石川県の山中温泉にある「挽物轆轤研修所」の特集を見たのがターニングポイントになる。

その内容は、研修生の9割は県外から来ている女性で、縁もゆかりもない土地で技術を習得せんと頑張っているって話しだった。

それまで私は地場産業や手工芸というのは一子相伝でその土地の"男性"しか就けない仕事だと思い込んでいたから、この話は目から鱗で「平成になって女性にも職業選択の自由が広がってきたんだ」と放送を見てなんだかとってもワクワクしたのを今も覚えている。

そこからは話が早くて、池袋で行われていた全国の伝統工芸の催事で色んな産地の漆職人さんに話を聞きに行ったり、池袋東武で迷子になった先でたまたま「伝統的工芸センター」(現在は青山に移転)の人に出会い輪島の沈金の職人さんを紹介していただき手板体験をさせてもらったりもした。その話の中で輪島にも「漆芸技術研修所」があると知った。実際に現地へも見学へ行った。そして最終的な決定打になったのは各産地の職人さんの話で、皆一様に「輪島塗が一番工程が多くて複雑だから、輪島で学んでおけばたとえ他の産地に行くことになっても通用する」と仰ったこと。本当に「示し合わせましたか…?」ってくらい皆さま同じ答えだった。

それに私は日本のどこにいても自分の腕があれば生きていけるような女になりたかった。だから輪島に行くことを決めた。

その後は端折りますが、2008年に何とか漆芸研修所に合格することができて、以降23歳までの5年間を輪島で過ごすことになったのでした。

漆の何に惹かれたのかというと「どこまでも深く吸い込まれそうな黒の美しさ」。宇宙の果てなのかそれとも世界の深淵を覗いているのか。ある意味ブラックホールのようでもあり、正にこれが漆黒なのかと…と気付いた時には既に漆と恋に落ちていた。それは今もなお片思いかもしれないけれど、私が死ぬまでに少しで良いから振り向いてくれたら嬉しい。

それからもうすぐ20年近く経ち、漆の面倒臭さもよく分かった。

完成までに途方もない時間もかかる。硬化させるにも気候に大きく左右される。他の塗料には無い漆の特長は言い換えればマイペースで融通が利かない。生育環境も日当たりが良く肥沃な水捌けの良い土地でしか育たない。楽しようものなら乾かなくなったり縮んだりして反抗してくる。でもキチンと手をかければすごく美しくなる。まるで私の性格にそっくりだ。だから放っておけないし愛さずにはいられないのかも。

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最後になりますが、この1週間近く募金をしながら現地の受け入れ態勢が整うまで見守り続けてきた。道路状況は住んでいた分よくよく分かる。冬じゃ雪も降る。そんな状態で素人にできることは募金以外他に現状手立てがないと言えるだろう。

ただ、唯一いまの私に恩返しできることがあるとすれば、輪島の皆さまに育てていただき教わった技術を絶やさないことなんじゃないかと思い至るようになった。まだ私の手は動くし目も見える、道具だってある。

それに辞めるのは簡単(いや、去年まで正直すごく悩んでた)だけど、"だからこそ辞めない"って選択肢があっても良いんじゃないか?

もしみんなが助けを求めたときに助けられるようにこの仕事を続けることで救えるものがあるかもしれない。そう信じてこの先の制作に向き合っていくことにした。動揺も悲しみも消えることはないけれど、それでも今はまだこの道を進んでみる。

@meishang
漆を塗ってます。 annonbymika.com Instagram www.instagram.com/annon_by_mikatajima TwitterもといX @firstbeginning