2024/4/29

meme_letter
·

「父祖たちが 家郷と呼んだ谷間から 離れることはないものと むなしくたてた子供の誓いを思ってる」

大江健三郎が訳したイエーツの詩にこのようなものがある。私にとっての「家郷」はつくばという土地だ。大学生の頃の私は子供であって、この土地で重ねた時間を、生まれた記憶を手離すものか、と誓った。ただ、その誓いは、会社員となって、東京という土地で暮らすようになった大人の私の目前にはむなしいものになった。

それでも、「もういちど あのころに もどるんだ」という欲望を藁にもすがる思いで握りしめていた卒業後の4年間だった。

今日、同じ大学の友人二人と共に自転車でつくばを駆け巡った。駅から6km先にあるパン屋も自転車だったら行けてしまう。大学の頃、自転車での移動が当たり前であった私たちにとって、自転車があれば何処にでも行けると無邪気に信じて、本当にその通り、何処にでも行った。

自転車を漕いでいく中で徐々に痛みを覚える臀部にあの頃からの時間の経過を感じつつ、皆がだいすきだった大学の隣にある喫茶店や、様々な友人たちと何度も夜を明かした当時住んでいた家から見えるカラオケ屋を巡り、最後に訪れたのは大学の同級生が店番をする珈琲屋であった。

その同級生とはほとんど面識がなかったが、大学1年生の頃から同じ学類であったので、その人が今でもこの地に根を下ろして時間を重ねている姿を見て時は感慨深いものがあった。その時、一緒にいた友人がこう言った。

「こうやって卒業してからつくばを巡っていると、もっと色んなことしておけばよかったなあと心残りもある。でも、それは今住んでいる街にもゆくゆくは言えることで、だから今住んでいるところをめいいっぱい後悔なく楽しむことが大切なんだろうね。」

この言葉を聞いた時、私はこの土地に戻ってくることはないのだと腑に落ちた。今の私は「もういちど あのころに もどる」ことを望んではいない。あの大学生だった4年間は、私の生に訪れた大きな幸運から生まれた幸福であったけれど、あの4年間に心残りはない。あの頃に戻って為すべきはなく、ただ今の私が為すべきことがあると思った。

カラオケの清算後に振り返った景色は紛れもなく私の家郷であった。真夜中も朝焼けも真昼間も、新入生だった頃も就活生だった頃も、ずっとこの景色に向かって帰っていた。今、私はこの景色に背を向けて、帰路に着く。