朝5時50分の目覚ましで目を覚ます。夢うつつの中、なんとか6時にラインのアプリを開いて受話器のマークをタップする。そこからドイツにいる友人と話す。ドイツは夜の23時だ。
学年が一つ下の後輩である友人は、昨年の夏に初めて入った会社を辞めて、ドイツ語の勉強を始めて、それからはあれよあれよという間に今年の1月にドイツに旅立ったのだ。昨年の12月ぶりに聴く声は、元気よく自信に溢れていて、向こうでの生活が肌に合っていることを、声色と話す言葉の節々から感じ取れた。本音でコミュニケーションが取れるこの国に住む人たちとの暮らしの居心地の良さにもう日本に帰りたくないという、そのような環境を見つけ出せた幸運と、その幸運をつかんで離さまいとする努力と意志に、私はただただ「すごい」と繰り返し言うことしかできなかった。
それでも「仕事を辞めるのはおすすめ!仕事を辞めてからどんどん良くなったよ」と胸を張って言える友人が、「仕事を辞めたら寄る辺がなくなって、不安で不安でたまらなくなると思う」と言う私に対して、「そうだよね、あなたは月星座が蟹座だから不安になるかもしれない。でもそれはヤドカリみたいなもので、今の家を捨てて新しい家を探している時の無防備さなのだと思う」と寄り添って言葉を返してくれることに感謝しているのだ。
電話の最後に私と彼の恩師の話になる。彼はドイツに行くにあたり、恩師にお願いして推薦書を書いてもらったのだ。「ドイツで辛いことがあったらその推薦書を読み返すようにしている」「先生が『彼は(奨学金取得者の)全体の上位5%に入ることを私は確信しています』って書いてくれたんだよ、こんなに励まされることはないよ」と言う。私たちの恩師はそうやって学生に言葉を授けるひとだった。恩師が彼の最後の授業で教えてくれたという中島みゆきの「背広のロックンロール」を聴きながらこの文章を書いている。
「背広の下のロックンロールよろしく、哲学を短剣のように胸元に携えておくということ」そう言った恩師の言葉を反芻して、この先の言葉が今は続かないけれど、でもたぶんどこかにつながる道だと信じている。