これはいっつもいっつも大量に水を飲むので定食屋のおばちゃんが早くも気を利かせて特に何も言わず大きいコップで水をくれるようになった図。
中学3年生の頃、仲がいい友達がいた。岡野くんという友達だ。
岡野くん自身は僕のことを別にそんなに友達とも思ってなかったんだろうなって思うんだけど。僕は岡野くんと好んでよく話していた。
岡野くんと僕は「お」と「き」なので五十音順で近く、教室の席は最初しか近くなかったけど、理科とか家庭科とか音楽とか、外の授業だとよく一緒になった。岡野くんは中学に2年の頃から転入してきた所謂転校生だった。
サッカー部に入っていて、明るくて、背が高い。かっこよかった…かはよくわからんけど、「〇〇じゃね?」とよく言う。正直あまり合うタイプではない。でも彼は、話しててとてもよく笑う男だった。無邪気に笑い、割とどんな人とも仲良くできる、そんな彼に少し、憧れていた。
彼には「飯窪さん」という彼女がいた。ちっちゃくてかわいくて元気があって、でもやさぐれてるちょっとギャル、そんな女の子だった。
実は彼女は僕の初恋の人である。もともと「高島さん」だった彼女は、中学に入ってから家庭の事情で名前が変わり、そこからすっかりギャル、といった様相だった。あんまり寒くなくてもブレザーの下にはピンク色のカーディガン。スカートの丈も太ももの中間よりいつも上にあった。
「へへ、ありがと」「クスクス」「ハハハッ」ってにっこり笑っていた彼女はギャハギャハと笑うようになった。図書室で「あ、またきたんだね、ありがとう笑」と少し恥ずかしそうに言っていた彼女は、授業中、つまらなさそうにデコった携帯をいじるようになっていた。
「ゆりちゃん」とは、この頃にはすっかり喋らなくなっていた。
ある日、岡野くんは音楽の授業中、僕に言ったのだ。
「おれ、飯窪とセックスしようと思う。」と。
確かシューベルトの「魔王」という曲の勉強をしていたときだった。頭チリチリのやたら歌が上手いぽっちゃりしたおばさんと、五十音順だと中学からは近くなったゆりちゃんに気づかれないよう、岡野くんはこそこそと続けた。コンドームは買わなきゃいけないよな。どこに持っておくべきか。やっぱり財布かな。キッター(僕のあだ名)はやったことある?むっちゃ緊張するんだけど、どうしよ。
やたらと鳴り響く魔王のメロディ。いやわかったって。何回聞かすんだよその曲。声が逆に通りすぎて聞こえにくいんだよおばさん。
そんなどうでもこと以外なんにも考えられなくなりながら話を聞き、最後に僕は精一杯、
「うん、がんばって、」
と言ったのでした。
そこから受験でお互いに切羽詰まっていたりしてあまり話すこともなくなっていたけど、高校からはまた東京に行くと言っていた岡野くん。ゆりちゃんは地元のそれなりくらいのほぼ女子高に進むことが決まったということは知っていた。
名前順に並んで座った卒業式、2人はしゃくりあげて歌を歌えないくらい泣いていた。卒業式が終わって僕は「またね」って2人にそれぞれ別で伝えた。
「うん、絶対またね、こうくんも、元気でね!!!!」
「おう、絶対また会おうな!!!!」
そう言った2人は手を繋いで、クラスのメンバーに冷やかされながら帰っていった。
それから2人とは、会っていない。