小学生も低学年のころ、夏休みには毎朝クワガタを採るため早起きした。近所の雑木林へ友人たちと駆けていき、樹液の出ているポイントを見てまわっては、木に登り、幹を蹴り、ときに網を使ってクワガタを捕まえた。
ある朝のこと、僕が先に見つけたクワガタを、幼馴染のDが横からさっと採っていった。当然、僕は抗議した。先に見つけたんだぞ、と。しかしDはこちらの主張を認めず、自分が先に見つけたんだと言い張った。それでも僕が退かずにいると、Dは蔑んだ目で「だったら先にとれよ、とれなかったくせに文句言うな」と言って、僕の肩を押した。
クワガタ採りのあとで、ラジオ体操の集まりに参加するのがいつもの流れだった。虫かごを持っていくと大人たちに小言をいわれるので、僕らはすこし離れた草むらに虫取り道具を隠してから公園に入った。その日も、いつもの流れだった。僕は思いつきを実行するため、トイレに寄っていく、と嘘をついて虫かごのところへ戻った。そしてDの虫かごのふたをあけて、横取りされたクワガタを逃してやった。かなり大きくて、あまり目にしない赤銅色のクワガタだった。惜しい気持ちがゼロではなかったが、Dに奪われるくらいなら消えてしまったほうがマシだ。そう思ってどこかへ隠そうとしていると、だれかがこちらへ近づいてきて、あわてて立ち上がって方向転換した僕は、足でなにかを踏んだことに気づいた。クワガタだった。
近づいてきたのはラジオ体操のスタンプをおしてくれる女性で、彼女は僕にきづかず、公園の広場へと走っていった。僕は潰れたクワガタに砂をかけて隠してから、体操に加わった。
Dはもちろん僕を疑った。僕のかごの中だけでなく、僕のポケットやシャツの中まで確認された。僕は知らないふりを続けた。どこにも持っていないだろ、盗んでどうすrっていうんだ。強気になってそんな台詞も吐いた。
そのうち不承不承ではあるけれど、Dも犯人が僕ではないと認めてくれた。
それから数日後の月曜の朝だ。いつもとおなじ時間に早起きして出かけると、Dがもうクワガタをつかまえてカゴに入れていた。友人たちが集まってきて、カゴの中身を確認した。このあたりでは見たこともないくらい、大きなクワガタだった。親と買い物にでかけた先で買ってもらったんだと、彼は得意気だった。
「おれはもう今年はこいつだけでいいや」
それだけ言って、Dは僕らを置いて家に戻った。「また盗まれるといやだから、ラジオ体操もサボる」とも言った。Dが僕をちらほらと見ていたことは、言うまでもないだろう。
ラジオ体操のあと、先日クワガタを埋めたあたりを探したけれど、なにも見つからなかった。