馴染み具合の単位

metayuki
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間に合わせで買ったiPhoneケースがぜんぜんしっくり来なくて、別のものに買い替えたところ、とても手に馴染むようになった。ディオがジョセフの血を吸って歓喜とともに発した「なじむ 実に!なじむぞ」という台詞を思い出したのは言うまでもあるまい。

自分の手はぜんぜんそんな機能は備わっていないのだけれど、人の手の繊細さについてはいろんなところで見聞きしたり読んだりしてきたし、何度か取材先でそうした話題をうかがうこともあった。いわゆる「職人」から、自分の手仕事はこれこれこういう微細な違いを指先で知ることから始まります、といったような具合で、ははあ、とひれ伏すしかない。

職人とまでは呼ばれないけれど、デザイナーさんとか印刷屋さんとかは紙をさわって厚みをあてるのが当たり前、みたいなところがあり、僕も見様見真似で親指と人差し指で紙を挟んでちょっとゆらしたりしてみながら「ああ、これは90kgくらいですね」なんて言ったりしてた。細かな違いはわからないけれど、とてもざっくりとした感じ、喩えるなら食パンの4枚切りと6枚切りと8枚切りくらいの差ならわかる。誰でもわかるわ、それくらい。

ところで上に書いた「これは90kgくらいですね」という台詞は誤記じゃない。紙の厚みは驚いたことに「キログラム」で表される。専門用語だと「斤量(きんりょう)」と呼び、「1,000枚重ねたときの重さ」が紙の厚さとして用いられる。就職するまで知らなかったので、最初に耳にしたときには、なんの話をされているのか混乱した。

このごろはネット印刷で名刺やら何やらを個人で注文する人も多いだろうから、そこで紙の厚みを選択するときに「マットコート110kg」とかの記載を見る機会もあり、ひょっとすると、僕が思うよりも斤量は一般に認知されるようになったのかもしれない。

「斤量」といえば、食パンの単位に「斤」の字は用いられる。紙よりも身近な言葉だろう。恥ずかしながら、僕はけっこうな大人になるまで「1斤」を「いっせき」と読んでいた。なぜかといえば「斤」を「斥」と勘違いしていたから。「排斥」という言葉が先に知識として定着してしまったので「1斤」の字を目にしたとき「いっせき」と読んで、長らく間違いに気づかなかった。

ちなみに「斤」について検索してみると古代中国の単位に由来する言葉、とのこと。へえ。日本の尺貫法においては1斤=16両=160匁とされ、1匁=3.75グラムと定義されたそう。そこから計算すると1斤は約600グラムだったのが、明治維新以後に英米から輸入された食パンの1袋の重さが約1ポンド=約450gだったころから、これが「パン1斤」の目安になったとか。ふーん。

「匁」の文字もいまでは本当に見る機会がない。昔はあったのかと聞かれたら、いや、僕が物心ついたときにはすでに事実上引退って感じでしたね。「もんめ」と読みます。

そう、「はないちもんめ」の「もんめ」はこれ。と推測したけど、実際のところどうなのか知らないのでまた検索。はい正解。「はないちもんめ」は「花一匁」のことで、「値段が銀一匁の花を買う際に、値段をまけて悲しい売り手側と、安く買ってうれしい買い手側の様子が歌われている」という説があるとか。「銀一匁はおよそ2,000円」ですって。

スマホケースの話から、ずいぶん遠くに来てしまった。新しいケースの馴染み具合は10ディオくらいです。「ディオ」っていう単位は(以下省略)。

@metayuki
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