一度だけでも渡っておく

metayuki
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妻の実家から市街地へ向かうには大きな川を渡らなくてはならず、当然、橋を通ることになる。片側2車線、長さ300m近くの、大きな橋で、左右の端に歩道も設けられている。これまで幾度となく車で渡ったことはあったけれど、今日、歩いて渡ってみよう、ということになり、近くに車を停めてみた。交通量も多く、街灯にはハトたちが並んで留まっていた。晴天の午後で、コートはいらないほどの気温だった。

ごくあたりまえのことなのだけれど、車で走るとき、それも運転席から見ていた景色とはまるで異なる印象が、歩いているあいだずっと続いた。欄干から覗き込んでみれば、下を流れる川までの高低差を知れるだけでなく、落ちたらどうしようという恐怖も湧いてきた。ハトたちの並ぶその真下には粗相の痕跡がびっしりと固まっていて、つい、歩幅を広げて先へ急いでしまう。向こう岸でかけっこする幼い姉弟のどちらが勝つのかを見届け、ポールの上に設置された旗の役割を想像し、遠くに見える病院の名前がちょっと面白いなと笑ったりする。

次にその橋を歩いて渡るのがいつになるのかわからないし、もう二度とそんなことはしないのかもしれない。でもいつか、あるいはほとんど毎回のように、その橋を渡りながら思い出せることが増えたのは間違いなくて、ハトばかりの並びに一羽だけ鷹が留まっていたこととか、水門近くの斜面を僕が年甲斐もなく駆け上ってみたことなんかを、運転席から見えた景色に思い起こさせてもらえれば、それでいいかと思う。

@metayuki
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