技術者目線

metayuki
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30代前半のころ、名のしれた大企業の技術者たちに月イチでインタビューする仕事を担当したことがある。月刊誌に見開き2ページで掲載される記事にまとめなくてはならず、事前の勉強から文字起こし、記事へのまとめという作業を繰り返すわけだけれど、やはり「事前の勉強」がたいへんだった。

その大企業はいわゆるSIer(エスアイヤー)で、大規模なシステムの開発、導入、保守を行っていた。国レベルの案件を多数手がけているところだ。企業の格からいえば代理店所属のライターが担当してもよさそうな案件なのに、どうしてだか、僕の勤める制作会社に仕事がおりてきた。

1年間続いたので、12名に取材したのだろう。自動運転とか教育関連のシステムとか、個々のトピックはいずれも興味深く、話をうかがえば知的興奮も得られる経験になった。

いちばん強烈におぼえているのは「刑務所の民営化」という話題で、受刑者の管理システムの構想について技術担当者がいろいろと興味深い話を聞かせてくれた。その方は物腰はやわらかく、犯罪とは縁遠そうな佇まいで、当時、おそらく50代前半といったところだった。アメリカの民営刑務所を視察して、日本においても近い将来同様の施設ができるだろうし、その実現のために日々の仕事に取り組んでいる、とのことだった。

実際、日本においても国と民間の協働による刑務所が2007年に設立されている。法務省の情報によれば現在5つの「官民協働による刑務所」があるようで、民間競争入札も実施されている。報道でこの手の話題に触れることもない印象だけれども、こうした種類の施設に収容されるのが「犯罪傾向の進んでいない受刑者」であることも、報道に乗りにくい要因なのかもしれない。

取材時には「いかに収容者を管理するか」という話題から「健康面にも注意を向けたシステムづくり」といった話題へと移っていった。聞いていると、刑務所の話題というよりは病院とか高齢者向け施設の話のようにも思えてきた。なんとなく、刑務所のシステムといえば「懲罰的」なことを先に考えてしまっていたのだけれど、システム屋としては「効率・快適」が優先課題なのだと教えられた。民営刑務所という言葉だけみれば反対意見も多いだろうし、議論も重ねられて当然なのだけれど、技術者の目線から民営化が推進されることには十分に納得がいった。

それから何年もあとのこと。まったく別の仕事で「位置情報を使ったサービス」の開発者に取材する機会があり、徘徊老人を即座に見つけるための仕組みとして、靴にBluetooth機器を仕込む、という品について教わった。いわく、「徘徊する人はほぼまちがいなく靴を履いてるんです、だから手首にバンドをつけるとかいった形で機器を身に着けさせるよりも、靴に埋め込むほうが確実なんです」との話だった。僕はひさしぶりに民営刑務所の話を思い出した。人に寄り添うというのは心根の話だけでないのだと。

ところで件の刑務所民営化を研究していた人物は、仕事でドイツに行ったときアウトバーンでめちゃくちゃにスピードを出したそうだ。無邪気に語られていたけれど、受刑者たちの話を聞いたあとだったこともあり、ヒヤリとした。スピード狂というのではないかもしれないが、馬鹿みたいな速度を味わってみたいという欲がこの人のなかにもあるのだと知って。

@metayuki
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