屋内型ゴーストタウン

metayuki
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ちょっと用事があって開店前の商業施設へ赴き、駐車場で車にとどまったまま、タブレットで仕事をしていた。今日はイベントがあるとのことで商業施設の駐車場入口もちょっとした待機列ができていたのだけれど、僕が停めた6階にはほとんど車はいなかった。福岡は朝から本降りの雨だった。

作業していると、人の動く姿が視界に入ってきた。70歳くらいと見える男性がゆっくりと走っていた。上下黒のスポーツウエアで、走るというよりは、すこし跳ねるようにウォーキングしているといった様子で、自分の車に向かうとか、車を停めて建物内に移動しているとかではなく、いかにも運動中らしかった。数分後、ふたたびその男性が現れて、僕の前をひょこひょこと通り過ぎていった。

何年か前に、確かNHKの番組だったと思うのだけれど、アメリカの巨大ショッピングモールで運動する人たちの様子を観た。雪深い土地で、冬になると外で運動ができないという環境があり、一方でモールも景気の悪さからテナントが入らず屋内型ゴーストタウンみたいになっていて、近隣住民が運動不足を解消するため、館内を歩いたり走ったりしているという。宇宙船とかスペースコロニーでの生活を僕は想起した。

コロナが猛威を振るっていたころ、近くのモールのスーパーへ買い物へ行くと、スーパー以外の店は閉まっていて、普段の明るさはまるで見受けられなかった。あ、アメリカの豪雪地帯のモールの景色だ、と思った。スケール感はまるで違うけれど、照明の落ちたモールのなかを言葉少なに歩く我々の様子は、映像で見た場面ときれいに重なった。

駐車場で運動する男性を見送りながら、そんな記憶が意識に戻ってきて、雨の音がノイズとなって目の前の景色を暗く、傷物っぽく見せた。

大学時代、なんの講義だったか、わりに広い教室だった。アメリカ帰りの教授が話を脱線させていった。太っていて、いかにも汗っかきといったふうに額を拭いながら話していた。

「アメリカの大学生女子はすごく食べるんです。でも太らない。なぜかといったら、食べたぶんだけ運動するんですね。食べる量も運動量も、日本人とはまるで違うんです」

腕を前後に大きく振りながら走るジェスチャーをまじえて、そんなことを語っていた。だからどうした、に分類される記憶なのに、いまも残ってる。

駐車場を歩く男性の姿は、いつまで残るか、わからないけれど、こうして文章に起こしたことで少しは長くおぼえていられるのではないだろうか。それでいつか雨の日に駐車場を歩きながら、また、アメリカのモールやコロナ禍のモールや食べて運動しまくる大学生女子のことなんかを思い出す日もくるだろう。

@metayuki
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