空目空耳

metayuki
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地下鉄のホームで電車を待っていたら、近くに立っていた人のポケットあたりで歌が流れた。スマホの着信になにかの曲を設定していたのだろうけれど、ワンフレーズだけ聞こえてきた声が歌った言葉が「娘がバーン」だった。

娘がバーン。

テンポは速めだったと思う。声だけが際立って聞こえて、楽器類の音は拾えなかった。どうせいつもの聞き間違いだろう。空耳ってやつだ。娘がバーン。でもわからんぞ、まさにそのとおりの歌詞が歌われたかもしれないのだ。近頃の曲ときたら、いいセンスしてる。

検索した。

娘がバーンアウトしました、という相談事がトップに表示された。冗談にしていい話題じゃないけど、パンキッシュに叫ぶ母親ボーカルの姿が想像できた。乗客に日本人はいませんでした、のトーンで、娘がバーンアウトしました、と訴える曲、あるかもしれない。

空耳、の類語で、空目、という言い回しも一般化した。した、と書いたけど、最近は目にしていないので、一過性のブームだったのかもしれない。

ニュース記事の見出しで「いなり寿司を盗んで女性逮捕」みたいなものをここ数日で何度か見た。で、見るたびに「いきなり寿司を盗んで」と空目した。2度目以降はこちらも「いなり寿司だぞ」と認知しているはずなのに、脳がどうしても「いきなり寿司」のルートを通らねばこの先に行くことまかりならん、って態度で僕の認知を遠回りさせた。なんだよ「いきなり寿司を盗んで」って、事前に予告状とか出して盗むやつはそういない。だいたいの盗みはいきなり実行される。

言うまでもないことだけれど「いきなりステーキ」という名前を知ったことの悪影響だ。と思っていたけど、それ以前に「いきなり団子」を俺の脳はインプットしているので、そちらのほうが根が深いかもしれない。ちなみに「いきなり団子」の「いきなり」は「とつぜん」からきた語ではなく、一揆を成功させた百姓たちがよろこびをわかちあうため作ったのが始まりで、「一揆成り」という表現から命名された、というのはいま考えた由来なので嘘です。普通に「簡単につくれるから」といったことが由来だそうです。

空目といえば、強烈におぼえているのは、以前住んでいた部屋の近くに古い理髪店があり、そこの看板に「ヒラヤマ」とカタカナで書かれていて、しかも文字のデザインが「ヒラヤマ」4文字をひとつの山に見立てたような形状で、上のほうが狭まっていて、下のほうが裾野みたく広がっていた。僕の脳はこれを何度見ても「ヒマラヤ」と読んでいた。ああ、ちくしょう、ヒラヤマだよ、平山、と悔しがるところまでセットだった。

理髪店「ヒラヤマ」のおかげで、たまに「ヒマラヤスポーツ」の店舗を見かけると「騙されるなよ、あれはヒマラヤじゃなくてヒラヤマだぞ」というアラートが脳内に鳴り響き、そこに慌てて別働隊が駆けつけてきて「ちがうちがう! あれはヒマラヤで正解だ!」と訂正をふっかけてくる。もう「ヒマラヤ」か「ヒラヤマ」か、どっちが正かわからない。

「娘がバーン」した理由も「ヒマラヤなのヒラヤマなのどっちなの」で迷いすぎたせいではなかろうか。絶対違う。

@metayuki
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