ガタン

metayuki
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友人たちと飲んで、なんとなくで解散になって、なにかたまたまの理由で高崎と早川はふたりで歩いていた。どちらもたいして酔ってはおらず、時間もそれほど遅くはなかった。コーヒーショップがあった。お茶でもしてく? いいよ、つきあう。店に入って、熱いコーヒーを手に席についた。

高崎って熊本の出身なんだね。

さっきの話、聞いてたんだ。早川は?

栃木。九州は未開の地。

いや、未開の地だとジャングルとかみたいじゃん。未踏の地じゃない?

ミトウ?

足を踏み入れたことがないって意味。

お城があるんだよね。

あるよ。市電も走ってる。

シデンってなに、動物かなにか?

電車。路面電車。道路の真ん中に線路が敷かれてる。

市営の電車ってことか。

そういえば、子供のころ、親の運転する車に乗ってて、夜遅くてさ、後部座席で横になってたんだ。そしたら電車の線路の上を横切るときに車がガタンって揺れて、そのときに、なんか、魂みたいのが抜けた気がしたんだ。

夢でも見てたの?

じゃなくて、ほんとに、自分の一部がぽんって抜けた感じで。いまだに思い出すんだよ、そのこと。四歳か五歳くらいで、そんときに自分のなかからなにか大事な部分が飛び出して、そのまんまな感じ。

へえ。それがなかったら、いまみたいな人間じゃなかったって感じ?

うーん、どうかな。そんなこともないかな。

高崎はごまかそうとした。ほんとうは早川の指摘は図星で、他人に理解されてしまうと、自分の思い過ごしとは思えなくなり、あのとき横になっていなければ、という後悔が正当なものになってしまった。さみしさが募ってきた。眠くて横になっていただけなのに、車が揺れて、だいじなものが転げてしまうなんて。

店を出て歩いていると児童公園があった。早川が高崎の手をつかんでシーソーに引っ張っていき、下がっている側に座らせた。早川は反対の端に移動して、取り戻させてあげる、と宣言してから、勢いをつけてシーソーに飛び乗った。高崎の座っている側がぐんと上昇し、早川の座った側が地面に激突するのと同時に、高崎は下から突き上げる力を感じた。ガタン。

どう? なくしたの戻ってきた?

早川が聞いた。上から相手を見下ろす格好になった高崎は、ありがとう、と返した。戻ってきたかどうかはわからなかったものの、この場面をずっと忘れないだろうことは確信があった。

@metayuki
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