牛乳から金魚をつくる

metayuki
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小学6年生のときに転校生がやってきた。嶽道(たけみち)という苗字で、さいしょの自己紹介で「御嶽山の嶽です」と説明してくれたが、熊本の小学生のどれだけが御嶽山なんて知っていただろうか。黒板に書かれた姓名を見ながら僕は「地獄の獄じゃないのか」と思ったのだけれど、あとで調べて、上に「山」があるかないかの違いを知った。

嶽道君は痩せて、肌は浅黒く、手足が長かった。ありきたりな比喩になるけれど、チンパンジーを思わせる風貌で、速度のある喋り方も、猿系の動物を連想させた。どうやら勉強ができるらしいということは、転校してきてすぐにクラス中が知るところになった。ひょうきんで、おしゃべりで、頭も口もよくまわる子だった。勉強ができるやつも、口が達者なやつも、クラスにはいたけれど、嶽道君みたいに兼ねそなている者はなく、転校生という希少性もあいまって彼はちょっとした人物として歓迎されていた。無論、持ち前のあかるさも、クラスに溶け込むには存分に機能したのだと思う。

さて、嶽道君がすっかりクラスに馴染んだころ、僕は彼と同じ班になり、給食を向かい合って食べるようになった。ある日、嶽道君は「俺は将来、バイテクの仕事をしたい」と語り始めた。

「バイテクってなに?」

「バイオテクノロジーの略。知らないの?」

「知らない」

バイオテクノロジー、という言葉すら初耳だった。バイテク、という略称を手持ちの道具みたいに口にする彼のスマートさにも感服した。

「たとえばこの牛乳」と彼は食べ始めたばかりの給食のうち、栓を開けていない牛乳瓶を持ち上げた。「バイテクを使えば、この牛乳から金魚をつくることができるんだ」

「ほんとに!? すごいね!」

僕は素直に信じた。

「バイオっていうのは生き物のことで、テクノロジーは技術のこと。つまりバイテクっていうのは命を操るための技術だ」

「どうやって牛乳から金魚をつくるの?」

「もともと牛乳には金魚になれる成分が入ってる。それを組み替えてやれば牛乳の一部を金魚につくりかえることができる」

僕の頭では彼の言葉がすでに成功した試みとして上映された。牛乳瓶のなかに赤い金魚が一匹、泳いでいる。そう思えてならなかった。

これが小説とかならば、嶽道君のメッキが剥がれて、クラスの連中にも嘘つきと詰られ、呆れられ、そうこうするうちにまた彼が転校することになって、といった展開になりそうだけれど、現実はそうは続かず、彼はその後も熊本に暮らして僕らとともに公立の中学校へ進学したし、僕以外に彼から大ぼらを吹き込まれた人もいなかったように思う。すくなくとも彼を嘘つきと詰る人はいなかった。

僕はいつ、彼の嘘を嘘と理解したっけ。バイテク、なんて嘘だったんだな、と思っただろうか。いや、そうは思わなかった。遺伝子組換えについて学んだ最初は中学時代の理科の授業だろう。牛乳から金魚を取り出すなんて、手品師でもやらなさそうな奇術が現実に起こるはずもなく、ああ、給食の時間に感動したあの話は嘘だったんだ、と思いながらも、でも、本質的には嶽道君の話は間違っていなくて、分子とか原子とかのレベルまでいけばこの世の物質のすべてはパーツに過ぎず、牛乳と金魚がまるきりの別物だとは言えない、という理解に至った。理解というか、つまるところ僕は「牛乳から金魚をつくる」という発想が好きなだけだ。

もう10年も前になる。御嶽山の名前をニュースで見聞きすることが続き、そのたびに僕は嶽道君を思い出した。バイオテクノロジーの道に彼は進んだだろうか。いつか牛乳から金魚をつくった男としてニュースに登場してくれないだろうか。そしてこうも思った。僕がそっちの道に進んでいても楽しかったのに。

「中山さん、今回の牛乳から金魚をつくる実験の成功について、そもそもどうしてこんなことをやってみようと思ったか、お聞かせください」

そんな質問を受けて、こう答える。

「小学生のころ、転校生がやってきたんです。嶽道という苗字で、『たけ』の字は御嶽山の『嶽』です」

@metayuki
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