霧の中の馬

metayuki
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子供の進学について考える機会が増えてきており、しかし、福岡の高校についてほとんど知識もイメージもないので、まずは保護者たる自分が勉強せよ、という状況になっている。どこの高校が、熊本でいうところのどのへんなのか、という置き換えを試みてイメージを形作ろうと試みたものの、それはそれでややこしいし、所詮はその場しのぎの手法なので、定着しない。

熊本は高校閥がすごい、という話はよく耳にする。耳にした、というべきか。いまはどうだか知らない。社会に出てからも「どこ高校出身なのか」で扱いが変わる、みたいなこともよく聞いた。自分はそういった環境になかったので、就職してからも学閥的なことは気にせずにいた。ところが、あれは社会人になって2年目あたりのこと。会社の先輩とともに参じた打合せのなかで、同世代とおぼしき女性と会話することになった。で、なにかのタイミングでふたりだけになったとき、雑談のひとつとして「高校どこですか?」と質問したら、なんとも嫌そうな表情を浮かべられ「熊本の人ってすぐ高校聞きますよね」と返された。なるほど、これは出してはならぬ話題なのかと、しっかり頭に刻んだ。それからほどなくして地元を離れたこともあり、そもそも出身高校の話題を持ち出す機会もなくなった。

学閥的な意識が薄いのは、僕が市内でもはずれに位置する高校に通っていたせいもあるのかもしれない。山の上にあり、冗談のように「他校からは山猿と呼ばれる」などと自嘲していた。僕が入学したころ、その高校はまだ新設校みたいな位置づけで、僕らが10期生だった。市内の高校のイメージ分布図においてもどこらへんに位置づけられるのかがあやふやで、近隣に他校もないから比較する相手もおらず、山猿なりに楽しく過ごしていた。のんきなものだった。

母校の田舎っぽさの象徴のひとつに、周辺の田畑ですずめたちを追い散らすための空砲が鳴ることが挙げられる。学校のすぐそばで甕棺墓が発見されたりもした。僕らの入学前は教室にハエ取り紙がぶらさがっていた、という話も聞いたことがあるけれど、真偽は不明。さすがにそれはないと思いたいけれど、田園風景の只中にあるので、あながち嘘とも断定できない。

僕が個人的に印象深いのは、ある日曜の早朝のできごとだ。その日は霧が立ち込めていた。吹奏楽部の練習があり、鍵を預かっていた僕はいちばんのりで学校に到着し、正門近くの英語科棟を解錠して準備を進めていた。ふと見ると、馬が一頭、正門のあたりをゆったりと歩いていた。霧でぼんやりとした景色に、たしかに馬が一頭いたのだ。人の姿はなく、野生の馬なんてことはないはずだけれど、じゃあどこからやってきたのかというのはわからない。パッカパッカとかすかに足音も聞こえた。唖然としているうちに、馬は霧のなかに消えていった。

高校の近くで馬を目撃したのは、その一度だけだ。夢を現実と混同しているんじゃないかと思われるかもしれないけれど、事実だ。あのときスマホがあったら撮影しただろう。そんなものはなかった。

街なかの高校では馬を見かけることもないだろう。でも、街なかには街なかの、不思議な体験があるはずで、学閥がどうこうじゃなく、僕はそういうエピソードが聞きたかった。(根に持ってる)

進学先選びで「各高校の七不思議」をまとめたサイトとかあれば、とりあえずチェックするんだけどな。

@metayuki
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