序曲

metayuki
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いまはもうまったくもって弾けないけれど、幼少時から高校卒業までピアノを習っていた。大塚先生、という女性の先生に師事していた。親族以外であんなに密に接した大人は大塚先生くらいのものだ。

あるとき、先生が「すごくいい曲を聴いて、いそいでCDを買ってきたんだけど、なんの曲だと思う?」と質問してきた。先生はクラシックしか聴かないのではないかと思いこんでいたので、そんな質問に答えられるわけがないと思った僕は「わかりません」と正直に答えた。すると先生は「ドラゴンクエストのテーマだよ」と言った。

正確には「ドラゴンクエスト序曲」で、当時、まだ、第一作が出たあとぐらいだったと思う。幸いにして僕はドラクエ1をプレイしていたので、序曲のことももちろん知っていたわけだけれど、まさかどうして先生がドラクエの音楽を聴いているんだろうかと不思議でならなかった。

後年、すぎやまこういちについて知り、ドラクエの音楽がいかに優れたものかを知り、ようやく大塚先生の話に合点がいった。そして、ちょっと誇らしい気持ちにもなれた。先生がゲームを認めてくれた、ゲームのすばらしさを認めてくれた、といった心地だった。僕自身はなにをやったわけでもないのに。

その後、大塚先生とゲームの話をしたことはほとんどなかったと思う。先生はあくまでも音楽に関心があり、ゲームそのものに関心を寄せているわけではなかった。僕がもっとプレゼンしていたら、違っただろうか。ドラゴンクエストの第一作が発表されたとき、ジャンプの誌面でパッケージイラストを見て、僕はもう買うことを決めていた。ドットで描かれたフィールドは簡素な世界だったのに、モンスターは確かに鳥山明の絵で、それがたまらなく魅力的だった。あとになって思えば、シナリオと絵柄と音楽と、どれも別の方向を向いていたのに、不思議とそれらが混ざり合って世界がつくられていた。小説でも、映画でも味わえない雰囲気が確かにあって、ずっとのめりこんでいた。砂漠でゴーレムに遭遇したときの興奮を、いまも思い出せる。絵では先に目にしていたのに、ゲーム内で出くわしたときには、強大な敵としか見えなかった。

シリーズのなかでいちばん好きなのは3で、なによりエンディングが最高だった。クリア前のデータを使って、何回も、何回も、エンディングを見た。音楽をそらんじることもできるようになった。これについては大塚先生にも伝えたように思う。先生、ドラクエ3のエンディングの曲もめちゃくちゃいいですよ。でも先生の反応をおぼえていない。どうだったろうか。

大塚先生とも20年ほど会っていない。不義理を重ねてしまっている。

ドラクエの中核を担う人物は、ふたりがこの世を去った。悲しいのは悲しいのだけれど、もう弾けなくなった曲をいまでも耳の奥で鳴らすことができるように、アレフガルドにもいつだって再訪できる。血肉になる、という言い回しがあるけれど、ピアノとかドラクエについては自分の魂の一部になっている、と、そんな気がする。

@metayuki
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