喫茶店でふたつ隣の席に高校1年生あたりとおぼしき女子ふたりが座っていて、その会話が聞こえてきた。
「トヨタ、ガチでやばいから」
お、なんだなんだ、トヨタ車の話題か、とべつに車に興味あるわけでもないのだけれど、10代女子の会話にしては珍しい話題で、耳を傾けてしまった。
「誰にも言ってないんだって」
「えー、でもつきあってはいるんでしょ」
「なんか親に言えないとかで、秘密にしてるんだって」
「トヨタそういうとこあるから」
というわけで、トヨタというのは企業名ではなく男子の名前だったらしい。なーんだ、と思って耳を閉ざしてもよかったんだけど、わりに大きな声で会話されるものだから、そのあともトヨタの駄目さがどんどん伝わってきて、どうしてもトヨタ車が擬人化された世界の話としか思えず、そっかそっか、トヨタは親に弱いのか、そっかそっか、交際については伏せておいて、いざとなったら逃げるタイプかトヨタは、と妄想を広げることになった。
その後、別の建物でエスカレーターに乗っていると、うしろに立った女性ふたりの会話が聞こえてきた。(喫茶店の高校生とはまったく関係ない、おそらくは成人女性ふたり)
「でもさ、どっちとも既婚じゃないから、べつによくない?」
「えー、それはそうかもしれないけど、でもつきあってはいるんだからさ」
「んー、いいと思うけどなあ」
「じゃあさ、自分の彼氏がべつの女と旅行いくっていったら認める?」
「認める認める」
「えー」
「それで確かめられるじゃん」
「いや、私は無理だな」
「なにもなければ別にいいし、なんかあったら別れればいいじゃん」
といったあたりで目的階についたので、その後の会話は知らないのだけれど、トヨタの話を聞いてすぐだったので、僕の妄想の中では擬人化されたトヨタ君が恋人ではない女性と旅行に出かけて、親にはもちろん伏せているし、周囲の友人たちには呆れられているし、というところまでエピソードが進んだ。
完全に他人事だし、小耳に挟んだ会話でしかないので、こちらは勝手な妄想をくりひろげているにすぎないのだけれど、でもトヨタ君は実在していて、実際のところどんな人物なのかを僕は知りようもない。
勝手にイメージを膨らませてしまったので、あらためて考えてみて「どんな人物かわからない」という事実に行き当たると、不思議な心持ちになる。そうか、俺のトヨタ君は実在しないのか。おかしいな、あんなにわかりあえたはずなのに(妄想が過ぎる)。