もうアロハなんて着ないなんて

metayuki
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子供たちの春休みが始まり、塾の春季講座も始まった。たいへんだな。

僕はほとんど塾通いをしなかった。中学2年生の4月から夏休みくらいまでのあいだ、親に「行きなさい」と言われ、すこし離れたところにあるちいさな塾に通うことになった。学校の教室の半分くらいの広さで、塾生は5、6人だった。机を並べ、問題を解いて、ホワイトボードに書かれた説明を読んで。教える側も教わる側もあまり熱心な印象はなく、そもそもどうしてその塾を選んだのかもおぼえていない。誰かの勧めがあったのか。

普段は自転車で通っていたのだけれど、ある日、雨が降っていて、徒歩で向かった。なぜだかその道中のことをいまでもおぼえている。自動車1台が通れるくらいの幅の坂道で、右手に段々畑があり、左手は木々が生えている斜面になっていて、雨が土を溶かして路面に薄茶色の筋を描きだしていた。僕は録音しておいたラジオ番組を安物のポータブルカセットプレーヤーで聞きながら、気乗りのしない時間に向かってだらだらと歩いていた。それだけの光景が、なぜだかずっと記憶に残っている。聞いていたのはTMネットワーク「カモンファンクス」だった。雨はそれほど強い降りではなく、道は曲がりくねったくだりざかで、ひょっとして車がとつぜん現れるかもしれず、油断すれば雨で足を滑らしかねない状況でもあり、あれはたしか6月で、生ぬるい空気があたりを包んでいた。そういった情景は思い出せるのに、そのとき自分がなにを考えていたか、なにを感じていたのか、そういうことはちっとも思い出せない。そのころの悩みなんかは想像つく。成績はこのへんで、友人たちとはこんな関係で、好きな子はあの子で、担任はあいつで、といった具合に。じゃあどうしてあの雨の日をひときわ鮮明におぼえているのか、それは謎。

結局、その少人数体制の塾は短期間でやめた。やめた経緯もおぼえていない。

中学3年の夏休み、さすがに受験生として夏期講習くらい行かなくちゃ、ということになって、近所の幼馴染とともに、校区外のおおきめの塾に通うことにした。幼馴染は僕よりも成績がよくて、そういえば塾通いをしていなかったのだなと、いま思い出した。さておき、僕がその夏期講習に行くと決めた理由のひとつは、当時好きだった子がまさにその塾に通っていたから。誰にもそのことは言ってなかったし、幼馴染とは家がそばというだけで、恋愛についてはひとつも話したことがなかった。

夏期講習が始まる前にクラス分けのためのテストが催された。僕と幼馴染は「めんどくせえ」とかぼやきながら自転車で出かけていった。僕は茶色地にヤシの木がプリントされたアロハシャツを着ていた。幼馴染はそこまで派手な服ではなかったと思うが、さて、どうだったか。塾に到着する手前で、僕らは制服で来るべきだったんだ、と気づいた。ほかの子たちは皆、制服だった。しかし着替えに戻る時間なんてない。同じ中学の子も大勢いるなか、僕はアロハで試験を受けた。肝っ玉。事前の説明に「制服で来い」なんて書いてなかったじゃないかと憤慨したものの、それは常識、あるいは良識というもので、なんの疑いもなしに私服で来るほうがどうかしてる、という話だった。そうそう。上に書いた少人数体制の塾は私服だった。

以来、アロハを避けるようになった。アロハに罪はない。

テストの結果、僕は好きな子とは別クラスにふりわけられた。幼馴染は僕の好きな子とおなじクラスになっていた。そう、ふたりとも僕より成績がよかったし、ふたりとも僕が通った高校よりも偏差値の高い高校に入学した。これについては後日談があるけれど、まあ、愉快な話ではない。

もちろん、夏期講習には毎日制服で通った。

@metayuki
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