普段歩かないあたりを散歩して、日曜日だからかお店もあちこちおやすみで、そんななか、古い家屋を改装して営業している喫茶店に入った。一階で注文を済ませ、角度の急な階段をあがって二階へ移り、そこでコーヒーの到着を待った。
二階には服やレターセットなどの雑貨が置かれていて、買うこともできそうだった。韓国語の書籍などもあって、店主の交流の範囲がそこまでひろいということなのか、あるいは観光客がそこまで足を伸ばしてくるということなのか。
二階席には先客がいて、東京から来た男性を地元の男性が接待しているふうであり、東京からの男性が武蔵小山在住であるといったことを語っているのが聞こえた。僕は窓をあけて、向かいに建つマンションの雰囲気と、自分がいまいる部屋の雰囲気との落差に面食らっていた。武蔵小山から来た男性がタワマンの新築ラッシュについて語りはじめて、どこにも似たような光景があるのだというつまらない感想を勝手に持った。
店に入ったとき、一階のレジには店主らしき女性が立っていて、ひとりの女性客とおしゃべりを楽しんでいたのだけれど、僕らが二階にあがってからも彼女たちの談笑する声が、とくに笑い声が、二階まで聞こえてきていた。ハンガーラックにかけられた古着たちのあたりを眺めていると、だれかの家で屋根裏にあがってきたような心地が湧いてきた。
このところ外の空気が足りない気がしていて、なにか作業をするにしても自宅とか事務所とかではないところに行きたい、と感じてしまう。ここはいい場所だな、と二階席で思ったものの、日常的に足を伸ばして訪れる距離とは言い難い。
ひとところに落ち着くことの苦手な人間なので、可能であればよそに行きたい、という欲求が消え去ることもない。三月も最後の日となり、またそんなことを考えてしまう。
よそに移ったからといって自分が変わるわけではない。ないのだけれど、でも、よそに移らないことには変われない自分というのもある。あるのだけれど、そんなのは自らを律することが苦手な人間の言い訳にすぎない。
カフェを出て、その近くにあった神社に立ち寄って、咲き始めた桜を見上げて、また四月がめぐってくることを思った。こんなときに自分のちんけなもやもやを吹っ飛ばす方便として、地球の位置を考えてみる、というものがある。
地球が太陽のまわりをまわる公転の速度は時速10万km。宇宙という地図のなかでは、地球はそんなスピードで移動しつづけている。天の川銀河まで視野をひろげてみれば、太陽系付近における銀河回転の速度は秒速200km超とのことなので、宇宙規模で見れば誰も、一瞬だって、ひとところになんていれやしないのだ。
帰りにちいさなパン屋によって、パンを買って食べた。引越より、宇宙より、すばやく気持ちをひきあげてくれるのはおいしいパンだったりする。