かけっこ (創作)

metayuki
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友人のMは中学時代の同級生で、当時から彼は警察になりたいと公言していた。父親に暴力を受けていた。1980年代、家庭内暴力という言葉はあったけれど、それは子が親に対してふるう暴力を指していて、親から子への暴力は躾と考えられていた。

Mは大学進学と同時に故郷を離れた。自分でバイトで稼いだ金で生活費だけでなく学費も払った。金が足りなくなり、バイト先の知り合いの紹介でねずみ講のような商売に手を出した。警察を目指して鍛えていた体格を見初められて、ねずみ講の仕掛け人のような連中に別枠の仕事を頼まれた。取り立て業務だった。

これが性に合っていた。Mは取り立てに行った先で、女性や子供に暴力をふるうろくでなしを見つけると、躊躇なく制裁を加えた。表向きは金の問題なので、相手が警察を頼るという心配もなかった。

Mはスポーツジムのそばに引っ越した。風呂なしの安アパートで、毎朝ジムで汗を流したあとのシャワーを、風呂代わりにした。体はますます鍛えられ、取り立ての仕事で稼げるようになり、大学が遠くなった。

三十になったとき、Mはアメリカに渡った。そこでなにをしていたかはわからない。

五年をアメリカで過ごしたMは、日本に戻り、塾講師として働きはじめた。実家にはよりつかず、縁を切ったように生きていた。

四十を過ぎたころにちょっとした同窓会のような集まりがあって、そこでひさしぶりに会った。私の親とMの親がおなじ職場だったこともあり、Mの父が数年前に死んだことも私は知っていた。居酒屋の隅でふたりでぼそぼそと話しているときに、Mはいまでも父親が怖いのだと、小声で告げた。

俺の人生は、あいつから逃げるだけのかけっこみたいだ――。

もう死んだんだから、とは言えなかった。私はMに、父親とおなじことを繰り返してないだけ、あんたは偉いよ、と声をかけた。するとMは、そんなこと言える人間に俺もなりたかった、と返した。

@metayuki
書きたいこと好きに書いてるだけの生き物。ときどき創作物が混入します。ハッシュタグでご確認ください。