ひげそり用の替え刃を切らしていたので、携帯用のやつを引っ張り出してきた。
そういえば「ひげをあたる」っていう言い回しがあったなと思い、「刃をあてる」ことからそういうのかと考えていたけれど、あらためて調べてみたところ「忌み言葉」の一種だという説明に行き当たった。
「忌み言葉」は、いわゆる「縁起の悪い言葉」のことで、たとえば祝いの席を終えるときに「おしまい」といわず「おひらき」という、なんて例があげられる。
「ひげをあたる」は「当たる」と書くそうで、ネットで拾った説明によると、「剃る(そる)」は「する」とも読み、賭け事で金を失う意味での「する」につながることから、縁起がよくないので、真逆の「当たり」を用いるようになったそう。へえ。ひげそりしてても何かが当たるぜって予感は微塵もないけど、でもまあ、顔をきれいさっぱりさせることが心機一転、いい風が吹いてきそう、みたいな気分はわからなくもない。
ちなみにこの「する」と「当たり」の変換例として、「するめ→あたりめ」が挙げられていた。ははあ、なるほどなるほど。
ピンポーン。
あ、誰かきた。はいはい、いまでます。はい、どちらさまですか?
「わたくし、忌み言葉推進委員の者です。こちらのお宅ではネガティブな言葉が多用されているという連絡を受けまして、うかがいました」
「え、誰がそんなこと」
「ご近所の方からカンジョウが入っています」
「カンジョウ?」
「苦情の忌み言葉です。苦しい、という漢字をあててしまうと、そのことを伝えるときですら苦痛をおぼえるというご意見があり、そのように変換しております。苦み、ではなく、甘みに変換して、甘情」
「それだと甘い意見になってしまいませんか?」
「甘くしないと飲めないほどの苦みであることを、そこはかとなく感じとれませんか?」
「いや、そしたらよけいに苦みが引き立つことになるじゃないですか。なんか違う気がするけどな」
「違う、というのも忌みですね」
「忌み」
「はい。違う、という言葉は相手を頭ごなしに否定する凶悪なものです」
「なんていいかえればいいんですか」
「とがう」
「とがう?」
「違うの最初の文字である『ち』はタ行のイ段で上の方に位置していますね。頭ごなしに否定する感じをやわらげるため、タ行の下の方の文字、すなわち『と』を使うわけです」
「それなら三文字ともぜんぶ下にしちゃったほうがよくないですか。と、ご、お、とごお」
「あのですね、違う、を、とごお、と変えてしまうと、これはもう完全な別物になってしまい、コミュニケーションを滞らせることになります」
「滞らせる、っていう表現は、忌みじゃないんですか?」
「はっ、言われてみればそうですね」
「難しいですね」
「難しい、も忌みですね」
などと終わりのないやりとりをひとしきり考えてみて、いまに受け継がれている忌み言葉の風情をあらためて感じるなど。