なんとなくインスタで紹介を見かけて興味を持った本。久しぶりに長編ファンタジーを読んだけど、今まで読んできたものとは全く違う印象を受けた。
読んでいて強く感じたのは“切なさ”。読了後も言い表しようのない切なさでいっぱいだった。だけどそれで終わりではなくて、切ないのと同時に何故か心が満たされるような感覚もした。これが今まで読んできた本と違うなと思ったこと。
物語はある帝国の貴族の娘ユリアが、呪われた地と呼ばれる“レーエンデ”に向かうところから始まる。レーエンデで彼女はトリスタンという青年と出会い、様々なことを経験していく。
二人を中心として物語は進んでいくが、魅力的だったのは登場人物同士の人間関係。まず欠かせないのはやはりユリアとトリスタンの関係だ。物語が進むにつれて段々と変化していく彼らは、友人であり仲間であり家族のようでもあった。二人の関係にこれといった名前を付けるのは難しいと思う。前述の通り、友人でも仲間でも家族のようでもあったと感じたから。言えることがあるとすれば、二人の間にはとても固い絆があったということかな。薄っぺらくなってしまうけど、これが絆というものなんだろうなと読んでいて感じた。
絆を感じたのは二人の間だけではない。二人が仲間であるように感じた理由の一つにユリアの父ヘクトルの存在がある。彼とユリアの父娘の絆、そして彼とトリスタンの盟友の絆。どちらにもそれぞれの魅力があって、決して同じものではなかった。
ユリアとトリスタンを中心とした人間関係のそれぞれに違った形の絆があり、それらが個々の魅力を持っていたのだと思う。友人、家族、かつての仲間。様々な人同士の関係が綿密に描かれていた。そしてその多様な絆はどれが一番ということではない。有り体に言ってしまえば、“みんな違ってみんないい”。特定の関係を至高のものとしない描き方が心地よかった。
「夫婦の絆だけが永遠じゃない。あたし達の友情だって永遠――だよね?」 p.378
と言いつつ、ユリアとトリスタンの関係をもう少しだけ……
率直に言って、互いへの恋心に気づきつつも結ばれない二人…という描写が刺さりすぎた。遺される者と遺す者。近い未来に訪れる別れを自覚しようとも、隣にいた二人。でもそれは恋人としてではなく、今まで通りの関係で。友人であり、仲間であり、家族であった彼らのまま、二人は一緒にいた。
物語後半で彼らはいくつもの試練に襲われ、そして最後に別れを迎える。叶うものならこれからもずっと隣に在りたかったはず。それでも別れを選ばなければならなかった。
言ってしまうと、二人は別れたあと再び出会うことはなかった。そんな今生の別れが悲しみ一色にならなかったのは、トリスタンがユリアに前を向け、振り返るなと言葉をかけ続けたから。この場面があったからこそ、読了後に心が満たされるような心地がしたんだと思う。お互いを何よりも信頼し合う者同士の絆を一番強く感じた。
「振り返るな!立ち止まるな!前だけを見て走り抜け!」p.484
これはトリスタンがユリアにかけた最後の言葉。彼女がレーエンデから去る時にかけたものだったが、その後も彼女の中に強く残った言葉なのではないかと思う。彼の言葉、彼と過ごした日々の思い出、その全てが彼女の心にずっと残り、ユリアが亡くなるその時まで彼は彼女の心の中で生き続けられたのかな。
個人的にファンタジーの一言では言い表せないような、深い人間関係と絆のお話。切なくも温かい美しいその関係が大好きでした。