犬と純血主義

micke
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公開:2024/6/24

「ミックス犬を作るブリーダーは人道に反している」

いぬを迎えてから、そういった純血主義の言説がネットで散見されることに気がついた。ネットは過激さが露出しやすい場所。実際にそう考えているひとは少ないと考えていた。が。

先日のGWに軽井沢を訪れたときのことだ。うちのいぬはマルチーズとトイプードルのミックス犬であるが、見た目が非常にトイプードルに寄っている。いぬを見慣れた獣医にもトリマーにも初見トイプードルだと思われたほどである。トイプードルの飼い主さんにもよく「トイプーちゃん」と声をかけられる。その場合は相手の感想を否定しない。

そんなかんじで、わたしの犬はトイプードルと確信しながら話を始めたひとが、突然ミックス犬批判を始めた。そんなネット民のようなこと言う人が現実でいるんだ…!と、新しい発見であった。

その場ではとりあえず否定せず聞いた。そのひともマルプーと聞いていればわざわざ批判を聞かせることもなかっただろう。わたしが悪い。とはいえ、現実で出会ったので、わたしも自分の考えを整理しておきたいと思う。


■ 純血主義がもたらす遺伝病

よくミックス犬の利点として、雑種はからだが強いと言われるようである。

それは逆に考えると、純血種では近親交配が横行しているということだ。

純血主義で近親婚を繰り返す家系が病弱であることは、歴史に数多くの例がある。あるからこそ、メンデルが"科学的に"理由を発表したとき受け入れられ、今日でも遺伝学の基礎とされている。これは生物全般に当てはまる。

すこし考えてみれば、純血種の定義「ある特定の容姿や気質を固定するために意図的に交配したもの」の「意図的な交配」とは、近親交配と気づく。例えば一部の土着の犬以外、作出の最初は必ずミックスであるが、生まれた子のうち理想的な性質を持つきょうだいどうしをまず交配させる。これを繰り返して固定をする。純血種の「純血」とは一般的な純血主義の純血を指す。

犬の純血主義がもたらす遺伝病については、2008年に BBC(英国放送協会)が制作したドキュメンタリー番組『犬たちの悲鳴~ブリーディングが引き起こす遺伝病~(原題:Pedigree Dogs Exposed)』で報道されて以来、大きな問題と認識された。この番組の中では、キャバリアに多く見られる脊髄空洞症という脳障害の、重い症状を持つ犬の映像が紹介された。イギリスにおいてキャバリアは人気の犬種だが、多くの飼い主はこの障害に悩まされていたようだ。

原因は、イギリスの「ケンネル・クラブ」の“犬種標準”にある、と番組内では主張された。標準に合わない子犬を安楽死させ、特徴を「定着」させるために近親交配を行うブリーダーを批判した。その近親交配が免疫システムに影響を及ぼし、多くの病気を引き起こしている。と、報道したのだ。

その後、ロンドンではキャバプーが人気になった。純血を避ける考えも生まれたのである。このBBCの純血主義による遺伝病の報道の影響の大きさがうかがえる。

純血主義のはじめは、創り出す者にとって好ましい性質を残そうとすることが主な動機であろう。その維持に努めるうち、排他的思想が芽生える。自分たちは選ばれた純粋なもので、そうでないものは雑多で、自分たちはすぐれているという思想である。

ブリードや純血主義という概念がうまれた欧米において、ひとが純血主義に惹かれそういった家系を名家としつつも悪きものとして考えているさまは、ハリーポッターにもよく現れている。ヴォルデモート家は極度の純血主義により排他的思想に染まり廃れた。反対に同じく純血の名家であったウィーズリー家は、そんな時代ではないと、マグルのハーマイオニーを受け入れるのである。

もしあなたが欧米至上主義で「ブリードの本場欧米では〜」という理由で純血主義を妄信しているのであれば、むしろその欧米では、行き過ぎた純血主義に危機感を持ち、ミックスが思想的に正しいものとして受け入れられている段階でもあるし、もちろん根強い純血主義のひともいると、知ってほしい。

■ 経済的純血主義

純血主義とは比較的余裕のある文化で生まれる思想と思いがちだが、経済的困窮に地理的要因が重なってもうまれる。

例えば、現在でもアマゾンの奥地や特定の島で外界と関わりを持たず暮らす種族が存在する。彼らは一様にからだが小さい。その種族内で結婚を繰り返しているからだ。遺伝学上、近親婚はからだを小さくさせる。

小型犬ブリーダーのなかには、近親交配をブリードの手法として堂々と吹聴している者もある。小型犬はちいさければちいさいほど高値になるらしい。そして、近親交配のほうがお金がかからない。近親交配を避けるためには、定期的に遠い地や外国から新しい雄犬を入れる必要がある。それにはコネクションも必要だしお金もかかる。

商売において、安上がりな手法のほうが高値になるのであれば、その方法を取らない理由がない。利益のために繁殖業をしているブリーダーは、次々と生まれる犬の売れ残ったものどうしを交配させていけばいい。小型犬は様々遺伝病がありますともうされているから、病気など気にしない。

それでもわざわざ近親交配を避けようとするには、高い倫理観を持つ知的&経済的余裕があるか、避けたほうがいい経済的な理由があるかだ。

例えば、動物園では、生まれたこどもが繁殖適齢期になりそうな頃、別の動物園に無料で譲渡する交互の助け合いが行われる。これは近親交配を避けることに加え、飼育スペースの問題があるためだ。大型犬舎は同じく飼育スペースの問題があるため、動物園のようなコネクションを積極的につくる動機もあり、お婿さんやお嫁さんを別の犬舎から都度借りる習慣もあるようだ。

だが、スペースをとらない小型犬は基本的に同じ犬舎内で繁殖を繰り返している。小型ミックス犬ブリーダーのなかには、その近親交配が常態化している風習に嫌気がさしたひともいるだろう。

優良ブリーダーと言われる近親交配をきちんと避けるブリーダーは「定期的に海外から種雄を購入している」と宣言している。ただ、その犬が本当に海外から来たのか、その犬が本当に父親かは、購入者にはわからない。その宣言が正しいものか判断するのは、購入者のほうの見極めが重要だ。

優良ブリーダーをきちんと見極められ、見合った高い価格を出せる土壌がある人々はいいのであろう。しかしほとんどはそうではないのだから、ミックス犬が増えることは少なくとも近親交配は避けられる有効な手立てのひとつだ。

ミックス犬のブリーダーは利益のために安易に雑種をつくって見合わない高値で売っているとの批判があるようである。これは少なくともふたつはっきりと間違いがある。

ひとつは、利益のためなのは純血種ブリーダーもミックスブリーダーも同じである。商売なのだ。ふたつめは、「ミックスに見合わない高値」と恥と思わず口についてしまう思想だ。それはヴォルデモートが取り憑かれた古臭い優生思想と同じである。どんな人にも同じ価値があるとされている現代、どんな犬にも同じ価値があると考えるほうが、しぜんに受け入れやすくはないだろうか。


わたしは犬初心者で、人間や別の動物の倫理基準からは到底かけはなれた独自の純血主義を犬界が温め続けていたことに当初気がつかなかったので、たまたまマルプーを選んで良かったと思っている。

例えば、猫は現在でも飼い猫の8割が雑種なので、犬界ほど純血主義がはびこっていない。そのため現在でも体格差が最小限にとどまり、遺伝性の病気も一部の純血種にあらわれるのみだ。犬ほど極端な体格差と遺伝病を人為的に生み出す前に、このまま、野生の猫で庭に居着いたものを飼う、近所の軒先で産まれた子猫を引き取るなどの習慣が残って欲しい。


さて、日本と韓国で一番人気のミックス犬はマルプーのようだ。

各国の人気犬種を見てみると、日本と韓国は妙にかぶる。感性が似ているのだろうか。韓国は少し前までマルチーズが一番人気で今はトイプードル。日本も長らくマルチーズが一番人気だった時代があり、今はトイプードル。日本人と韓国人は白い犬が好きな傾向があるようで(ポメラニアンも大大大人気)、マルチーズとトイプードルの祖先をミックスした真っ白なわたあめ犬のビションフリーゼが急激に順位をあげているのも共通した嗜好だ。ビションフリーゼはマルプーと親戚なわけで、容姿も酷似している。上記にあげた犬はすべて中国でも人気があり、こういったふわふわぬいぐるみ犬が東アジアにおいてかわいいと思われやすいということなのだろう。

ここで(トイ)プードルとマルチーズの日本史を紹介したい。

意外にも、両者とも文明開花後比較的早い時期に日本へやってきた。そして戦前の日本人は二者の見分けがつかず混同していた。同じものとして扱っていたようだ。

元々日本人には見分けがつかなかったのと、どちらも当時は頭数が少なかったので、昔から二者の交雑が進んでいたようである。下記では(トイ)プードルとされるもののほとんどがマルプーであったとする記事を紹介している。そしてマルプーは見た目が非常に愛らしいので、むしろ愛玩されていたという。

マルチーズと交雑したトイプードル、すなわちマルプーの見た目が愛らしいというのは、マルプーはトイプードルに比べ目がまんまるで大きく鼻の長さが短い場合が多いので、より童顔に見えるからだろう。毛質も比較やわらかなものになるので、よりぬいぐるみらしい。

現在でも日本のトイプードルとマルプーは非常に似ている。戦前から日本にいたトイプードルとマルチーズの血統はいったん戦争で断絶したと思われるが、元々混同していたので、戦後もしぜんに交雑していたのでもあるまいか。

プードルの毛はほんらい剛毛の巻毛であるが、いま日本にいる子は柔らかかったりウエーブがゆるやかな子も多い。それは絹のようと称される直毛を持つマルチーズと密かに交雑されているという証左であろう。そしてプードルの目はほんらいアーモンドアイであるが、東京の街中を歩くトイプードルの多くはまんまるの目と短い鼻を持つ。これもマルチーズの特徴だ。

これは上で記したようにマルプーの特徴でもある。昔は知らず交雑されすべてトイプードルとされていたものが、厳密にマルプーと呼ばれるようになった。そしてトイプードルとされるものには(密かに交雑しているのであろう)マルプーの特徴をもつものも戦前から変わらず依然多い。

この指摘を不快に思うひともいるだろうか。しかしながら、交雑していたほうがほんらいなら安心なのだ。遺伝学上は。

トイプードルは目を見張るスピードで小型化し、さいきんはトイプードルといえば1キロ台だろうと思われるティーカッププードルばかり見る。ハンドバッグに悠々と入ってしまう子ばかりだ。プードルは他の小型犬に比べ足が細く長いので、もしティーカッププードルのすべてが純血の近親交配によって作出されているのであれば、骨折の心配が生涯付きまとう。

小型犬は足の関節が外れる通称「パテラ」という遺伝病に幼少期かかりやすいらしいが、うちのミックス犬はまったくそういったことはなく健康である。拒食もなく、若さ相応に元気だ。頭もいい。言葉や語調、時間、習慣から、飼い主が取る次の行動を予測して合わせることができる。犬とはこんなにも意思疎通ができるのかと毎日驚きの連続だ。

目がまんまるくマズルが短く足も短い、つまりマルチーズのような特徴を持ったティーカッププードルを見ると、逆に安心するのだ。そっちのほうがよりぬいぐるみのようでかわいく、売れるからにしても、マルチーズを密かに入れて近親交配を薄めからだを強くしているのが見てわかる。ブリーダーの人たちは、おおぴらに言えないのなら言わなくてもいいだろう。健康に生まれることがなによりの宝だ。


島国で単一民族とされる日本人は自覚なき隠れ純血主義であるから、しぜんに生きていると純血思想を不自然に感じにくいこともあります。

あなたが純血主義(=優生思想)の差別主義者ではないと自分を定義するひとならば、当然にミックス犬に眉を顰めることはしないでしょう。

そして、そこまで知で自分を律して生きないと決めていたとしても、血が濃くなり続けることの弊害には忌避感があるのではないでしょうか。そもそもひと昔前は雑種ばかりでした。いまだって山間部では野犬を保護して飼う場合もあり、そういった子は雑種です。それで何の不都合がありましょうか。

すべての犬が差別されることなく生きていける社会になることを願って。

@micke
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