ちょっと薬の名前みたいだと思う。
ラナンキュラスを買った。ちがう種類のうつくしさの一本ずつ。
うつくしいものが好きだ。うつくしいものはわたしを守ってくれて、生きるための元気をくれる。
調子のわるいときに試すことのリストの一つに「うつくしくよいものを買う」というのがある。
うつくしいもの、はあっても、よいもの、はあっても、うつくしくよいものは存外ないものだ。
お花はいつだって「うつくしくよいもの」で、わたしの好きな洋服屋さんに売っている洋服もいつだって「うつくしくよいもの」なので、困らずに済んでいる。
わたしは自分自身が「うつくしくよいもの」になれたらいいなあと思う。
わたしは自分のことを、とてつもなく悪いものだとずっと思ってきた。でも最近はそんなこともないと思うことがある。わたしだってたいへんだったのだ。そのときどきでせいいっぱいだったのだと思うことがある。
たぶん、わたしはこれからうつくしくよいものになれるのだと思う。もしかして足の先っちょくらいはもうなっているかもしれないのだ。
もしそうであればいいのになあと思う。