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20260903

plog
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公開:2026/9/3

 今年、入院した理由は統合失調症にも解離性同一症にも捉えられる病にかかったからだ。初めて幻覚・幻聴によって錯乱し、人格を乗っ取られたような感覚に襲われた。まだ病名はついていない。幻覚は治ったものの、幻聴と乖離が残っている状態だ。それでも少しずつ日常へ戻りつつある。ただ自分をばらばらにされるような目に遭った一方、退院後にガチャを引きまくったため、人間がそう簡単には変わらないことを実感した。

 いまいちばん困っていることは薬があんまり効かないことだ。困り果てて除霊までしにいった。いままで生きてきたなかで心が安らぐ時間のほうが少なかったけれど、改めて「酒も悲劇も気持ちよく酔うには限度がある」と思った。

 また入院中、治療しながら過去すべてと向きあった。わたしは十代のころ、自己愛性パーソナリティ障害(顕在型)の片鱗を見せた父に傷つき、絶縁した。ただ社会構造的に(障害には至らずとも)父のような人間はやまほどいて、よく音楽や物語のテーマになっているくらいだ。触れているなかだと『Fate』『崩壊』『パラノマサイト』といったタイトルで見かけた。

 当時の父は自己像を守るため、外側から借りてきたと思われる中身も一貫性もない、つぎはぎだらけの発言を繰り返し、わたしと母を〝下〟に置いて心理的安全を得ていた。そもそも過去、母に離婚をつきつけられた理由がDVであり、自分が〝上〟でいられる暴力に陶酔し、離れたあとは(典型的な行動とも言える)愛を語るメールばかり送っていた。ゆえに十代のころは「父が(離婚したときから)いっさい成長せず、貶してきたことに傷ついた」と勘違いしていたものの、本当は自分の父である人があまりにもちっぽけだったことが悲しかったのだ。だからこそ、いまでは「中身がなさすぎてどうでもいい」と呆れていた、母のきもちを理解できるようになった。

 数年前から自己愛性パーソナリティ障害の問題を調べてきたわたしは、病院のなかで父と連絡を取った。もともと父を責める気はなかったため、当時傷ついていたことだけ伝えると、きちんと謝ってもらえた。もちろん、いくら事情があれど父の言動は簡単に許されるようなものではない。ただ復縁したのは、長年絵柄や文体、意見や思想、ふるまいといったあらゆるものを複数人に模倣され、ターゲットとして攻撃・依存された経験から、「父だけの問題ではない」と思えたからだ。

 しかし、そもそも人間は他人の猿真似からはじめ、影響を受けながら自分を育てていく。だからこそ、きちんと「参考にしている」と言われたら素直に嬉しいものだ。他者から簒奪するか、敬意を払うかなら、わたしは後者でいたい。