吸血鬼のきもち

mikipond
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乳の話なので、そういうのはちょっと……という人は避けてください。

夫にマメ氏対応の夜番を任せて一人で寝てみた件だが、結論から言うとあまり眠れなかった。うまくいかないものだ。

まずマメ氏がそばにいないことが不安すぎて、布団に入ったあとも一時間くらい眠気がこなかった。さらに、夜中の3時頃に起きたマメ氏の薄いぐずり声を私の耳が恐るべき敏感さで察知し、すぐそばで寝ているときと同じくらいバチッと目が覚めてしまった。夫とマメ氏の寝ている部屋からは、扉を3枚隔てて一番遠くで寝ていたにも関わらず、である。夜泣き対応し続けた母親の肉体というものは恐ろしい。

しかも暗闇の中、ああ泣いてる、マメが泣いてる……とぼんやり思っていたら、それだけで胸もバキバキ張ってくるではないか。

これ、母乳育児をしたことのない人にはよくわからない感覚だと思うのだが(私も産む前には一切わからなかった)、本当に「バキバキ」という感じなのだ。バトル系少年漫画の筋肉キャラが何かしら溜めこんだ力を使うときに、体にめりめりと血管を浮かび上がらせながらオーラを発するような画がよくあったりするがリアルにあんな感じである。産後直後など、その「バキバキ」の最中の乳房を眺めていると、平常モードからバトルモードに変化していく様子が目に見えてわかってちょっと面白かった。

それにつけても、「子の泣き声を察知する」や「子の泣きっ面を想像する」などの目に見えない内的情報処理が脳内で行われるだけで、こんな身体変化が起きることにはいつも驚きを禁じ得ない。「子を生き延びさせねばならぬ」という感覚に繋がったイメージを持つだけで、私の脳の下垂体からはそれとばかりにプロラクチンとオキシトシンが分泌され、胸の中の乳腺がおらおらと稼働を開始し、勝手に乳が出てきてしまうのである(※この生理現象がどの程度激しく起きるかには個人差があり、乳が出づらい人もいる。なお私は「充分とはいえないが、ある程度は出る」くらい)。

実業家で文筆家の川崎貴子さんが、「初めて産んだ子を見たとたんに胸から乳が溢れ足にしたたり落ち、自分が獣であることを実感した」と何かに書いているのを読んだことがある。私は川崎さんほど乳の出が激しいタイプではないけれど、胸がバキバキしてくるとやはり自分が一匹の哺乳類であることを痛感する。結局のところ、私の精神や肉体なんてものは所詮ホルモンの奴隷なんだなと、別に絶望するとかそういうことではなく普通に思う。

ちなみに胸のバキバキを味わうようになってから、吸血鬼のような非人間のことを、ほんの少しの共感をもって想像するようになった。たぶん彼らも、人間の血を見るとこのバキバキに等しい問答無用の身体変化を促されるのだろう。きっといろいろな苦労があるはずだ。

とりあえず、マメ氏の夜中の覚醒がおさまって夜通し寝てくれるようになるまで、この獣の体でなんとかやっていこうと思う。

@mikipond
まめとき日記(豆と未樹の日々の記録)/宗岡(小池)未樹です。23年8月に生まれた子ども・マメ氏との日々のことをひっそり書いていきます。