「私っていいやつだな」も「私ってろくでもないやつだな」も正当な自己評価だと思う。ただ、いいやつと言うときの基準が「人に恵まれている」と思うとき、ろくでもないと言うときが一人でもにょもにょ考え込んでいるとき、と、なんかあり、結局一番健康的にいられるのが「適度に人目があるところで暮らす」だなぁと思いました。
腐るって一人でも気軽に出来るから、楽しようと思うと進んで自責の方をしてしまうね。
なんか滅茶苦茶イヤなことあった人みたいになってしまったけど、昔から人に恵まれたと感じるときの方がしゃんと出来るなぁということを思い出していただけです。
中学生の頃は食にあんまり興味がなくて、給食のおかずとかデザートを特定のクラスメイトにあげることがあり、クリスマスとか七夕とかみたいな、特別目を引くデザートみたいなやつも欲しがられたらあげるよという感じでこう、配っていたわけ。
そしたら仲良い子が「正当ではない」みたいな感じでやんわり止めてくれて、なんか、私が損しているときに声を上げてくれる人がいること、こういう人のためにしゃんと生きよう……と思えて、それが結構記憶に残ってるね。
あと、その同じ子に「ミリちゃんはずっとそういうピュアな感じでいてほしい」と言われて、私は当時から週刊少年ジャンプに登場する成人男性同士のチューについて毎日考えていたので「私は全然ピュアじゃないのに……」「でもこの子のミリちゃんのパブリックイメージを、守りたい……」と思ったことも合わせて強烈に覚えてる。私は今でも週刊少年ジャンプに登場する成人男性同士のチューについて考えています。