さてさて、今はアルバイトの休憩中。
誰かのストーリーでしずかなインターネットのことを知った。手書きの日記をやめてしまったこともあって、PCでのろのろやってみるかと思い立って初めてみた次第。
自分のための記録として綴るので読み手のことは考えずに。もし読む人がいたら。そう思って読んでください。
さっきすき家で食べたおろし牛丼と、今飲んでるカフェモカがお腹の中でドッキングして、ちょっとだけ嫌な感じ。
カフェラテにするべきだったかな。
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2024年始まって11日目。そういえば元旦に地震があった。昔からニュースとか世の中で起こってることに疎い方だけど、今回の地震はなんかいつもとは違ってすごく心がざわついて。
元々、地震が本当に苦手で、ちょっぴり揺れただけで絶望してしまう。
その日は友人と一緒にごろごろ寝っ転がってる時に揺れてるのに気付いて。意外と揺れが長いねとか言いながら家の中の扉を開けに立ち上がる友人を見て、そういえばこの人は大きな地震の経験があるんだとか、私はこわくて全然動けなかったなとか。
そうしている間に揺れがおさまった。ツイッターを見てみると震源地は能登。
能登は小学生の頃にYMCAか何かで夏合宿みたいなのに参加して、夜に見た星空が本当に綺麗でびっくりした記憶がある。それからずっと星が好きで、高校は天体観測部に入部。
あとは4年前くらいに奥能登芸術祭を見に珠洲へ行った。それが初めて行った芸術祭だったような。芸術祭の町おこし的な面をひしひしと感じて、住んだこともないのに珠洲になんとなく懐かしさを覚えたりして。そこで出会った芸術祭のスタッフをしていたお姉さんとはいまだにインスタが繋がってる。SNSで繋がってるだけで、話したりはしてなかったけれど、犬飼ってたけど大丈夫かなとか、やんわり心配になって。その後、私も犬も無事ですとストーリが上がった時はすごく安心した。
たぶん、能登での記憶や関わりがあったからこんなにも自分ごとに思えて。
逆に行ったことのない場所に対して私はここまで心が動かないことに気づいて、それがすごく寂しい。
これが、ただ想像力が乏しいのか、自己防衛のためにしているのかわからないけれど。もっといろんな場所に出向いて外と自分が地続きであることを感じないと私はやさしくなれないのかも。
だからたくさんいろんな場所に行きたい。
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なのに週5勤務の仕事の就活中。
うーん。
これでいいのか。
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この地震で、自分に何かできるか考えてみる。そしたら令和二年の熊本地震のアーカイブサイトをみつけた。
被災地の人たちの悲しい話を大きく出すんじゃなくて、数値を見せてくれるのが私にはあっていた。辛いとか悲しいとか感情部分を軸に動くとその後の自分も感情で左右されてしまうことが怖いから。
そのサイトでは、現地にボランティアで訪れることを紹介していて。行けるような人になりたいと思えたし、自分にでもできそうとも思った。
でも、元自衛隊芸人さんがテレビで「自衛隊と一般の方のボランティアの違い」を話しているのを見た。一般の方が行くボランティアは、行った先の宿泊場所やガソリンなど、現地の人に頼らないといけないことがある。それに比べて自衛隊は自分たちで全て完結するから現地の人たちを頼ることがない。
確かに。そうかも。
自分の正義感だけで行動するのも良くないな。
やさしいって難しい。
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実はもう休憩時間をとっくに過ぎていて、仕事場に戻ってきたもののすることもなくつらつらと文章を綴っていました。
文字に起こすと自分の中で分裂していた気持ちとか考えが整理されて、繋がってひとつになる。安心する。
時々でいいから続ける。