この前、水を飲むためのボトルを買った。保温・保冷機能はない、透明のボトルに目盛線がついた、シンプルなものだ。
水を常温で飲むためのボトルというものは、意外と需要があるらしく、たくさん種類がある中でどこのにするか迷ったのだけれど、KEYUCAのにした。くすみピンクがかわいく、まろやかな長方形がおしゃれで、とても気に入っている。
広口の飲み口から直接飲むスタイルなので、傾けすぎるとこぼす。昨日なんか、ボーッとしていたせいで胸までびしゃびしゃになってしまい、「あちゃー」という気持ちを通りこして、逆におもしろくなってしまった。
このボトルを買ってよかったなあと思うのは、自分が水を飲んだことが分かりやすく可視化されることだ。大したことが何もできなかったような日でも、「でも、水はちゃんと飲んだな」と思えることが、自分の心を予想以上にはげましている。
ここ最近、日記を続けているのも、一種の「見える化」だと思う。わざわざ自分の生活や思考を書き出すことに、以前はさほど魅力を感じていなかったのだけれど、こうしてペンをとって形に残すことで、「でも、日記はちゃんと書いたな」とほほ笑んでいるこの頃だ。
人間の70%は水らしいが、私の魂の70%は言葉でできているような気がする。溺死という死因があるように、水は人を殺すこともある。でも、人の体には欠かせないものだから、人は水を飲む。言葉も人を殺すことがあるし、生かすこともある。すべては使いようだ。
…ということを考えつつ書いていたら、ボトルの水を200mL飲んでいたことに気づき、なんとなく達成感をおぼえる私なのであった。
BGM:闇夜/Eve
