深夜一時。作業机の前に座って、備え付けの電気のスイッチを入れた。開かれたまま放置していたノートパソコンはスリープモードになっていて、薄茶色のカバーに覆われてタイトルが一切わからない本たちは相変わらず不格好で細い山を作っている。もし机を揺らしたら簡単に崩れそうで、座るときはいつもジェンガに近づくのに似た緊張感と慎重さを求められているような心地がする。山のてっぺんに載せておいた雑誌を近くの棚の隙間に押し込んで、その晩は読みかけの本を開くこともなく、作業机の真っ白な光の下で両手をそっとひらいた。
今年が終わる。どれだけの命が消えていっただろうか。妄想のなかでは、わたしは自分の怒りと叫びと怨念を詰め込んだガラス瓶を社会に投げ込んでいて、もう百回は紫色の炎でこの地獄を燃やしていた。虚無感にさいなまれていたあいだ、何もかもが嫌で布団を被っていたあいだ、当てもなくたまに外を歩いて「体重が0.5グラムくらいになって風に運ばれて空気と一体になれればいい」とぼうっと考えていたあいだに、暴力や差別で踏みつけられて、汚い靴裏で火種ごと潰された灯りは、いくつあっただろう。
漠然と大きな数字を頭に浮かべながら、薄色のビーズを手に取った。一つひとつの灯りを粒に見出して、静かに糸に滑らしてゆく。
ツー、カチン。ツー、カチン。ぶつかるたび簡素な音が鳴り、やがてそれは長いながい列となって、ぼくは両端を結んで首輪にした。このとき着ていた寝間着は襟がやや広めにあいているものだった。寒いのが苦手なぼくはいつも隙間を埋めるように、アクリルの繊維で肌がチクチクと痒いのを我慢してマフラーを巻いているのだが、作った首輪をかけるには邪魔になるからとそいつを外してベッドに向かって放り投げた。冬場のよく冷えた部屋で作っていたビーズの輪っかは当然ながらひんやりとしていて、肌は驚いて毛穴がひゅっと盛り上がった。
ああ、重たい。怒り、諦め、涙、名も付けられない感情。在ったはずのそれらを吸い上げたきらきらと眩しい粒は鉛のようで、大して鍛えもしていないやわな身体の首一本くらい簡単に折れてしまう気がした。
辛うじて生き延びていたと思う一年だった。いや、ここ数年は毎日が「ぎりぎり」を積み重ねているようなものだ。てのひらから零れていった命たち。いや、「零された」のほうが適しているのかもしれない。消えた。ううん、消された。虚しい。寂しい。どこかが削れていく音を聞いていた。
まもなく年が明ける。昨年はお世話になりました。昨年が別れになるとは思いませんでした。あけましておめでとうございます。寒くはありませんか。今年もどうぞよろしくお願いします。食べるものはありますか。後ろ指は指されていませんか。いやな音は聞いていませんか。今のあなたは震えなくてもいい場所にいますか。