丑三つを過ぎて

Minaduki
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手遅れだと思いながら店を飛び出した。

まとわりつく空気はジメついて重苦しく、暖冬という免罪符にすら苛立ちを覚える。すれ違う酔客たちの振る舞いは真夏のそれで、酩酊も相まって己がいる時空をしばし見失う。懸命に足を動かし、わずかずつでも在所に近づこうとするのが、今の自分に唯一できること。

これは本能だ。

覚えのない、およそ冬らしくない空気から逃れたい。道端に屯った赤の他人から逃れたい。何より、酔いをまとった体を、慣れ親しんだ寝台に一刻も早く沈めたい。

その思いだけで、萎えそうになる脚を動かし続ける過去の、そしていずれ来るであろう未来の自分に告げよう。

おめでとう、今日も無事、塒に辿り着いた。起床のことはひとまず脇において、今は寝床に身を任せよう。

@minaduki
英語を翻訳したり小説を書いたりするひと。翻訳はいちおう生業です。